十種神宝 学校の基礎・基本

公立の義務教育の学校に永きにわたりお勤めだった稗田先生の、若い先生方への昔語りです。学習指導要領や、それに伴って変わってきた先生たちの意識や授業のことなど、教育現場に起こってきた今や昔のことどもを書き記していきます。

 義務教育の現場に長くお勤めだった稗田先生からお聞きしたことどもを、拙いながらもまとめてみました。
 不易流行という言葉があります。この、教育の"流行"の中から、自分だけの"不易"を見つけていただければ、これに過ぎる慶びはありません。
                                   十種神宝 主人 太安万侶

 このブログで紹介した教材の学習プリントをおわけします。興味のある方はご覧下さい。https://kandakara.booth.pm/

二年になって担任が新しくなり、集団がうまく機能しなくなる場合があります。

いくつかの原因があると思いますが、「ルール」に着目して考えてみたいと思います。
なぜなら、集団がうまく機能しない原因として考えられるのが「ルールが崩れていく」という点に一つの原因があると思うからです。

学校には、さまざまなルールがあります。例えば「1時間目は8:45~9:35」という時間に関するルール。このような明文化された内容は、明確に掲示物などによって示されたりチャイムによって知らされたりするため崩れにくいものです。

逆に崩れやすいものは、明文化されていないルールです。

例えば「チャイム着席」は「チャイムが鳴り始めたときか、鳴り終わったときか」という判断(リレースイッチのタイムラグにより、設定した時刻の3~7秒後にチャイムは鳴り始めるので、鳴り始めた時は既に遅いというのが正解です)などの、担任が自分のクラスの中で基準を設定しなければならないような場合です。

割り箸やマスクを生徒に貸し出した場合について考えてみましょう。

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「返却する」というのは学年会等で統一されたルールです。

ある生徒に「明日返しなさい」と言い、違う生徒に「いつでもいいよ」と言えば、生徒は「不公平」「ずるい」「人によっていっていることが違う」と思うでしょう。

ならば、「明日」は無理なので「いつでも」でいいかというわけにはいきません。
「いつでもいい」とは「持ってこなくてもいい」のと同じことです。
学年としてのルールを担任が「守らなくていい」と言ったことになります。

そして気がつくと、カースト上位の特定の生徒が借りた割り箸やマスクを返さないようになり、次第にそれが学級全体に広がります。(スタートがカーストの上位生ですからね。)

では、どのような対応がよいのでしょうか。

「三日以内に」「一週間以内に」と期限を切り、締め切りの前日にきちんと声がけするという指導が必要でしょう。
また約束の期日を守らなかった生徒に対しては「生活ノート」にその旨を記し「お家の人にこれを見せて明日持ってきなさい。できない場合はその理由をお家の人に書いていただきなさい。」と言います。

「え、そこまでやるの?」と思うかも知れません。

しかしこれをやらないと悪弊がはびこり学級が崩れていくもとになるのです。

そしてこのような指導は、最初に(特にカースト上位生に対して)やるからこそローコストでハイリターンが期待できるのです。

年度の途中でこのような指導を行うのは「今までと言っていることが違う」と思われ、確実に抵抗する生徒がいるでしょう。
これではハイリスクローリターンな指導になってしまいます。

まず目指すべきは、絶対に「真面目で正直な者ほど損をする」学級にしてはいけない、ということです。
これは、いじめのない学級の必須条件でもあると思います。

正直者がバカを見ない学級であることを保証できるのは学級担任しかいません。
そしてそういう学級であることを担保するのは、カースト最上位者である学級担任が「正義の味方」であり、生徒との信頼関係が成立していることです。

「不公平」「ずるい」「人によっていっていることが違う」という気持ちに信頼関係はありません。
信頼できない担任の言うことなど本心から聞くわけがありませんから、徐々に「聞こえなかった」「自分が言われているとは思わなかった」といって、指示に従わない生徒が増えてくるでしょう。

人間は弱い存在です。モラルは下へ下へと流れていきます。

まず学校や学年としての決まりを遵守させること。
そして担任が判断基準を示せばよい内容の場合は一度示した基準は変えないこと。

これを最も確実に効果的に指導できるのは学級編成直後の三日、一週間、一ヶ月間しかありません。

連休前までは決して気を抜いてはいけないのです。

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今年は一年生の学級担任で、春休みに学級編成替えがあり、来年は持ち上がりで二年生の担任になる場合もあります。
このような場合、新入生と比べ既にある程度生徒たちを知っている、というアドバンテージがあります。
しかしこれはそのままではメリットにはなりません。

そうでなくても、全てが初めての経験で緊張した一年間を過ごす一年生と、生徒会に部活にと中心的な役割を果たし最後には人生最大の選択である高校受験がまっている三年生とに挟まれ、「中だるみの二年生」と言われます。
実際には、二年生は夏休み前から部活の中心として活躍する立場となり、2学期後半からは生徒会を引き継ぎ、修学旅行に向けての活動があり……二年生だってとても大変なのですが……こんなことは口で説明しても生徒は実感できません。

ですから二年生の学級担任になったら、今まで以上に学級の雰囲気をよりよいものにしていかなくてはいけません。
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教師は授業が勝負

新年度が始まる三月~四月は、様々な事務仕事に時間が割かれます。

そして新しい学級に関わる仕事量は新入生の場合とまったく同じです。
一年生の先生が新入生を迎える春休みにしなければいけない仕事は本当にたくさんあります。そして新二年生の学級担任になるにあたり、それとほぼ同じ仕事があるのです。

新二年生のどのクラスになるかはわからないにせよ、学年主任にお願いして、学年組織でさっさと仕事を進めておくようにします。

とは言っても三月中にできる仕事とできない仕事というものがあります。また、四月に入ってから入学式までにできる仕事とできない仕事があります。そして全ての仕事には締め切りがあり、慣れないうちはどうしても仕事がたまっていきます。「あの書類はまだ?」と担当の先生に言われると、どうしてもそちらを先にやるようになります。

そうしているうちに、本来、大切にしなければならない授業の準備に時間を割くことができなくなってきてしまいます。そうすると当然、授業の質が下がります。
新入生ならば「中学ってこんな授業をするんだ」と一生懸命取り組んでくれるでしょうが、すでに中学の授業を受けてきた新二年生は、あなたの授業の質的低下を簡単に見破ります。

これに文句を言うのは主に保護者です。
生徒はその代わり、授業中の落ち着きがなくします。
いくら一年の時に親しみを持って接してくれた生徒も、毎回の授業がつまらければ、教師から離れていってしまうのです。

そこで大事になるのが、様々な仕事に優先順位をつけることです。
このやり方については「困難は分割せよ」のスケジューリングのしかたで説明しました。

前回までに説明した、コストパフォーマンスを考え、自分の仕事を適正にマネジメントしていくことが、みなさんには求めらるのです。

優先度の高いものを次に掲げます。
  • A:優先順位の高いもの=次の日の授業の準備、けがや病気への対応、生徒同士のトラブル 等
  • B:比較的優先順位の高いもの=「進級おめでとうテスト」等の採点、家庭訪問のスケジュール決めや保健関係の書類提出 等
  • C:優先順位の低いもの=廊下の壁に生徒の作品を貼ること、氏名印を押すこと 等
Cの「あまりエネルギーをかけないでよいもの」ほど、簡単で、ともすると自分で「やった」感があるため優先順位を高く設定しがちですが、生徒が成果を理解できる程度に、できる限り効率よく時間をかけずにやることをお勧めします。

大切なのは「授業について考える」ことです。

授業に間に合わないので去年作ったワークシートをそのまま使うのでは、あなたの授業は去年以下のレベルと生徒に判断されます。
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部活の選択や学校行事の精選などと同じように、学級担任の仕事もコストパフォーマンスを考えなくてはいけません。

「コスト」と「メリット・デメリット」を考える上で大切なのは「リスク」と「リターン」です。
コストをかけて何かをしたとき、その結果として得られるものが「リターン」です。そしてその結果が得られない可能性が「リスク」です。

四月の入学式、新入生達が登校するまでにやっておかなくてはならないことが学級担任にはたくさんあります。
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生徒に毎日の提出させる「生活記録ノート」。
これに生徒の名前を書いて渡すか、自分で名前を書けと言うかを例にとって考えてみましょう。

方法は次の6通りです。

    1 名前は記入しない書かない
    2 書かないが名前がわかるようにする
     2-1 氏名印をつく
     2-2 テプラやパソコンで打ち出したものを貼る
    3 名前を書く
     3-1 ボールペンで書く
  3-2 名前ペンで書く
     3-3 筆で書く

コストは1<3です。しかし生徒に与える印象だけでなく入学式直後の保護者の心証も含めてのメリットは1<3、同じようにコストを考えるとデメリットも1<3となります。
 
ここで登場するのが「リターン」と「リスク」です。

1は何もせずに配るのですから生徒や保護者の心証もノーリターンです。
これを、当たり前と考えるならノーリスクですが、「これは特別なものなのだ」とは思ってもらえないというリスクがあります。更に隣のクラスが3-3で配ったとすると「担任の先生はやってくれなかった」と受け取られかねないハイリスクな行動だと言えます。

逆に3-3の場合、時間コストはもとより、技能的なコスト、金銭的コストがかかります。このコストはデメリットです。しかし肉筆で一字一字丁寧に書かれた自分の名前を見て与えるインパクトがメリットであり、リターンを期待できるでしょう。
しかし黙って渡していれば、それに気づかれないというリスクを負います。そこで、さりげなく肉筆で書いたことをアピールしながら「生活記録ノート」の意味や役割、教師の願いに気づかせることでローリスク・ハイリターンを目指します。

では現実問題として、6通りの選択肢のどれを選んだらよいのでしょう。

それぞれの選択肢にはコストがあり、メリットとデメリットがあり、リターンとリスクがあります。
入学式前のほんの短い期間でやらなければならないことは山のようにあります。

「生活記録ノート」の名前書きについて検討している時間などはほとんどないでしょう。
一瞬でコストとメリット・デメリット、リスク・リターンを考え、最適な行動を選択する

……それが学級担任なのだと思います。

その時、行動を決定するのは「自分の学級の生徒をどうしたいか」という信念だと思います。

全てのデータをそろえても、所詮データベースは結論を出せないのです。
そしてできる限り多くのデータをそろえなくては浅慮のそしりは免れません。

「学びて思わざれば則ち罔し、思いて学ばざれば則ち殆し」ですね。

「学び」も「思い」もしない教師は生徒にとって反面教師でしかないでしょう。
自分で考えることを放棄し「学年の意向」に委ねてしまう担任を生徒は決して信頼しないと思います。

学級担任とは、常に走り続けることを義務づけられ、常に走りながら考え続けなければ、学級経営などできないのです。

昨今は「思考・判断・表現力」が言われていますが、私はその根底に「心」がなければ畸形な能力になると心配しています。教科としての道徳でそれが育つといいですね。┐('д')┌

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 前回「部活のコスト」の話を載せたところ、「コストとは何か」「メリット・デメリットとどう違うのか」という質問を受けましたので、解説します。
 
コストとは「何かをするときに消費されるもの」です。
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例えば三年生を四月に修学旅行に連れて行くとします。修学旅行に行くにあたり業者等に支払うお金が「金銭コスト」です。

また修学旅行中はもちろん、業者選定から会計報告書の作成まで修学旅行にかかる時間を「時間コスト」と言います。

時間コストは同時に集中力や理解力、または体力が必要です。これを「認知コスト」と「肉体コスト」と言います。会計担当の先生は認知コストが、下見に行ったり生徒指導を担当する先生は肉体コストが特に大きいと思います。

修学旅行に行って帰るまでは生徒の安全に対し気を抜くことができません。これを「心理コスト」と呼びます。

これらのコストを支払わない限り修学旅行は実行できません。何をするにしても必要なのがコストなのです。世の中では「コストカット」という言葉が流行っていますが、コストを最小にすることによって、より効果的に何かをしようとしているわけです。

修学旅行に行くことでどんな良いことがあるのでしょう。逆にどんな問題点があるでしょう。これがメリットとデメリットです。

今行ったとおりコストのかからない活動などありません。
問題は、支払ったコストに対し、それに見合ったメリットがあるか、デメリットは何かを天秤にかけ、最小のコストで最大のメリットをあげることが大切なのです。

最大の教育効果をあげるためには、先生たちが幾晩徹夜しようとかまわないというのは、コスト管理を無視したブラックな考えかただと思います。(消耗品だってコスト管理されているのですから、消耗品以下の扱いですね。)

現在、例えば修学旅行を二年生の3学期にやるか三年生の1学期にやるかとか、学級編成替えを二年生になるときにやるか三年生になるときもやるかとか、来年や数年後の学校を見据えて検討する時期かと思います。

コストとメリット・デメリットを、考えられる限りの可能性を考えて天秤にかけ、最小のコストで最大のメリットが期待できる道を選ばなくてはいけません。

学校行事をどう精選するかばかりではありません。今、日課表や時間割などの教育課程全般だけでなく、学力をどう伸ばすか等、いわゆる「検討委員会」の議題になっていると思います。

今後の方向を決めるにあたり、私のような年寄りは今までの経験や思い込みが枷になって、計上するべき要素を見とばしてしまうことがあります。

 「大鉄人17対ブレイン」でお話しした通り、同じ情報がインプットされたスーパーコンピュータですら、まったく逆の結論を得ることだってあります。
最終的には、自分自身の信念が問われているのだと思います。

みなさんの新しい目でコストやメリット・デメリットを指摘し、みんなで「こうしよう」と判断・決定していくことに価値があるのだと思います。

自分には関係ないことと思わずに、居眠りなどせずしっかりと参加しましょう。

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来年入学する生徒たちは、何を基準に部活を選んでいるのでしょう。

下の表は、ある小学校でバスケットをやっていた子が、バスケで強いと言われる中学へ進学した時に、入る部活を家族で考えた資料です。(この記事はフィクションです。実在の人物や団体、学校などとは関係ありません。)
A54 部活のコスト
この子は、部活に入ることによって生ずるコストをきちんと分類し、それに対する判断基準を設けていることです。
また判断基準に満たなかったからと言って選択肢からはずさずにリスクを覚悟で入部しようとしています。

新聞等で、学校の「闇部活」の記事をよく見ます。部活としての拘束時間を超えて「社会体育」という名目で生徒を拘束する行為です。

このご家庭は「実質拘束時間」として部活の時間的コストをきちんと判断しようとしています。

しかし、多くのご家庭では、部活の選択にあたり「自分がやりたいことか」ということだけで判断しようとしていることが多いのではないでしょうか。

部活を選ぶ際に学校は、きちんとリスクを分析・説明しなくてはいけないと思います。
生徒もご家庭も納得した上であったのなら新聞記事の記事のようなトラブルも起きないのではないかと思います。

ともすると「この部活は楽しいよ」「こんなことができるようになるよ」等のよい面ばかりが強調されがちですが、雑誌などによくある胡散臭い釣り広告と同じで、アンフェアだと思います。

「そんなことをしたら、誰も部活に入らなくなる」のが心配ならば、本当にその部活は存続しても良いのか、職員会議等で判断を下すべきでしょう。

自分の部活は、上のようなコスト表に対してどうであるか振り返ることも必要だと思います。
もし、「社会体育としてでも練習しなくては勝てない」と考えているならば、あなたには「ブラック部活」をとやかく言うことはできません。
生徒だってそれを承知で入っているので、文句も言わないでしょう。

急に変えようとしても、なかなかそうはいかない……という先生も多いと思います。

部活に熱心な保護者の方は発言力も大きく、変えようにも変えられない、ということです。

ここで大切なのは生徒の気持ちです。
部活の「夢」をかなえると言っても、それは本当に生徒の「夢」なのか、それとも本当は保護者やコーチの「夢」で、生徒はそれに誘導されたものなのか。

それをしっかりと考え、いざとなったら教頭先生なり校長先生なりに相談していくとよいですよ。
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