2学期が始まり、10月の声を聞くようになると、人の持ち物を隠すとか不要物の持ち込みとか、生徒指導事案が増えてくることが多いようです。
 文化祭を控え、また部活では新人戦を控え、生徒たちの心理状態や人間関係にも大きな変化あるというのも原因の一つでしょうか。
  
 この中で、特に心配されるのは「いじめ」です。
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 いじめが発生しやすい時期は、5~6月と10月~12月の、二つのピークがあります。(ストップいじめ!ナビ
   ピークを迎える前に、なんとしても「いじめ」を防止しなくてはいけません。
  
 2013年に「いじめ防止対策推進法」が施行されました。
 今から5年以上も前の話です。

 これに先立ち1996年に当事の文部大臣から、
  • 深刻ないじめは、どの学校にも、どのクラスにも、どの子どもにも起こりうる
という緊急アピールがありました。
  • いじめの問題は教師の児童生徒観や指導のあり方が問われる問題
  • いじめられている子どもを守り通すことを言葉と態度で示し、毅然として対応してほしい
と述べられています。今から10年以上前の話です。
  
 これ以降、教育委員会や学校は「いじめ」に対してとても敏感になり、定期的にアンケート調査等を実施するようになりました。
 それをやるからいじめの認知件数が増えているのだ、という意見もあります。
 しかし、実際増えているかどうかは別にして、
 はっきり「いじめがある」「自分のところも例外ではない」と私たちが意識することは悪いことではありません。

 残念なことは、「いじめがある(増えている)」「いじめのせいで重大事案が起こった」ということはマスコミ等で報道されるのですが、「いじめを解決した」「いじめを防止した」ということが報道されることがまずないことです。

 これは、いじめがないことは「あたりまえ」で「ニュース性がない」という理由だと思います。

 しかし、人類の歴史で「いじめがなかった」と言い切れる時代は神話や伝説の中でしかありません。
 いじめがない、という状況は神話・伝説級のことなのです。

 現在、学校に限らず「パワハラ」「セクハラ」等の名前で横行しています。
 「いじめ」がない社会というのは、3年の国語『故郷』で扱う「新しい生活」です。
 そこに至る道すら、あるかないかすらわからない「希望」に過ぎないのです。

 いじめが蔓延する現代社会の中で、
 学級担任でなくても「自分が教えているクラスからいじめがあった」と聞いたとき、
 それを「ダメ」「困った」「自分の指導に不十分なことこがあった」という否定的な捉え方をしていたのでは、心が折れてしまいます。

 そうならないためにも、学年会等で「いじめを解決した」「いじめを防止した(こちらの方が解決するより論証が難しいことですね)」という事例をお聞きしていくことをおすすめします。

 それ以前に、小さいことでもどんどん職員の中で話題にし、学年主任や生徒指導主事にあげて、自分一人で抱え込まないようにしましょう。

 それが自分の心を守る方法でもあります。