若いみなさんには、年に一回はフル指導案を書くことをお勧めしています。

なぜでしょう。
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授業はアーティストのライブステージと同じです。
ライブステージは、行き当たりばったりにやっているわけではありません。
二流以上のアーティストならば、お客の反応を細かに予想してステージが盛り上がるように台本をつくり、その台本通りに進めながら、更にお客の反応を見てアドリブで台本を変更しています。

お客はこの台本を意識することはありません。
アーティストに上手にノせられ、アーティストもお客のノリを利用して
ライブの盛り上がりを演出しているのです。

授業もまったく同じです。

そして指導案はステージの台本にあたります。
アドリブで何もない状態で、50分間授業をもたせるというのは、
プロのアーティスト(教師)ではありません。

みなさんは教育実習の時に指導案を書いたことがあると思うかも知れません。
私はかつて某国立大学教育学部の附属に勤務していました。
その時の経験から、教育実習生の指導案というもののレベルは十分に知っているつもりです。

更に指導案には、その地方、その組織独特の書き方があります。
それは、授業に対する主義・主張……いってみれば思想が異なるからです。

また各地方自治体にはそれぞれが主導して作成した形式があり、
その奥にはそれぞれの地方独特の思想があると私は考えています。

特に「生徒の意識を大切にする」という考え方は、
ライブステージでお客の気持ちの盛り上がりを大切にし、予測し、
ステージ(授業)の山場を演出していくのと同じだと思います。

そして、フル指導案というのは単元全体を見渡しての計画を記したものです。
一時間の授業は、それだけで完結するものではありません。

一時間の授業は、前の授業までの流れの上に成り立っています。
そしてその授業は次の授業からの授業に影響を与えます。
更に大きく、小学校の時に何を教わってきたはずなのか、高校に行って何をを教わるはずなのかを見通しての一時間の授業なのです。

これを縦の系統と言います。

そればかりではありません。

例えば、国語の場合、
1年生に「ダイコンは大きな根?」という単元がありますが、同じ時期に理科で学習する「葉・茎・根のつくりとはたらき」がどこまで進んでいるか、
2年生の「君は『最後の晩餐』を見たか」という単元で、遠近法や構図のとり方の指導はどこまで美術で習ったか、
3年生の「故郷」で、生徒は明治以降の歴史をどの程度知っているか、
これらを頭に入れて授業をしなくてはいけません。

これを横の系統と言います。

以上の教科指導の要素に、クラスの雰囲気等、生徒指導的な側面を加味して、
単元の計画や本時の計画をたて、それを言語化し可視的なものにしたのがフル指導案なのです。

こういうことがすべて頭の中に入っているというのは、
プロ中のプロ、大ベテランの先生でしょう。

そうでもない限り、
フル指導案が書けない、書いたことがない、というのは、
しっかり考えたことがない、というのと同義なのだと思います。

若いみなさんは、少なくとも数年以内には研究授業をやることになるのではないかと思います。
その時に「自分は教育実習でしか指導案を書いたことがない」とか「本時案の略案しか立てたことはない」と言って欲しくはありません。

完璧な指導案を創ることを考えるのではなく、
完璧な指導案を求め続ける気持ちを持っていただきたいと思います。

この気持ちが、より完成度の高い授業につながると考えるからです。

そのためには、まず指導案を書いてみることです。

そして指導案を元に、自分の授業を振り返り、
どれだけ自分が生徒の意識を見切ることができたかを確かめ、
更に教師としての技量を高めていっていただければと思います。

がんばりましょう。