昔々、ザ・ドリフターズとコント55号いうコメディアンがいました。
ドリフターズのリーダーいかりや長介は亡くなりましたが、加藤茶や志村けんが、コント55号では萩本欽一がまだメディアに出ていますから、名前くらいはご存じかもしれません。

ドリフターズとコント55号は1960年代末~70年代にかけて、子供たちの間で面白いコメディアンとしての人気を二分していましたが、その芸風は大きく違っていました。
ドリフターズは計算されつくされたシナリオを、コント55号は台本にない当意即妙のアドリブを、その身上としていました。
images (1)ザ・ドリフターズ
これは、ドリフターズはかのビートルズ日本公演の前座を務めたことからもわかる通り音楽バンドが出自であり、コント55号は演芸場出身のたたき上げの芸人であったのためであるとも言われています。

imagesコント55号
この二つのコメディアンの特徴は「生徒との対応が絶妙である」「指導案がきちんと書ける」と置き換えて考えることができると思います。
いずれも盛り上がりがあり力のつく授業に対して必須の条件です。

二つのコメディアンが成功した理由は、萩本欽一という舞台の天才がおり、いかりや長介という緻密で厳格なリーダー兼シナリオライターのいかりや長介がいたためです。

みなさんが萩本欽一やいかりや長介でない限り、その片方のみでよりよい授業を目指すことは難しいと思います。

生徒との絶妙のやりとりの中で本時のねらいを達成するためには、演芸場出身のコント55号がそうであったように、長く意図的な、毎時間の授業での修練が必要です。

しかし緻密で計算され尽くされた指導案は、きちんと書く訓練さえすれば、みなさんにもある程度作れるようになると思います。
指導案作成にかかる時間は、訓練をすればする程、確実に短くなるのです。

天才や秀才でない、普通の私たちは、ドリフターズとコント55号の両方の属性を身につけて、はじめて一人前になるのではないでしょうか。

「指導案などなくても授業はできる」ということを聞いたことがあります。
しかし、それで生徒が自ら考え、自ら動いていくような授業が成立することは稀なのではないでしょうか。生徒の鼻面を引きずり回したり、一方的にご高説を賜る講義型の授業になってしまってはいけないと思います。

逆に「指導案は立派だけど授業はイマイチ」という話は聞いたことがありません。

若いみなさんには、今きちんとした指導案の書き方を身につけていただき、これから何年もかけて授業のライブ感を培って欲しいと願っています。

これが『論語』にある「学びて思わざれば則ち罔(くら)し、思いて学ばざれば則ち殆(あやう)し」にならない方法なのではないかと思います。

若いみなさんには「若さ」というかけがえのない宝石があります。
しかしこれは、時と共に失われてゆく儚い宝石です。
この宝石が失われたとき、授業という場で「若さ」以上の輝きを放つ宝石を身につけているように、今から自分の技量を磨き上げて欲しいと願ってやみません。