生徒用の資料・解説は、こちらのHPに載せてあります。
興味のある方はどうぞご覧下さい。

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第4~5時 「幻の魚は生きていた」で何を書かせるか

14段落以降は、結論にあたる筆者の意見です。

筆者はまず「この西湖でクニマスがこれからも生き続けるためには、どうすればよいのだろう」(14段落)と問いかけ、
  • 一つには、産卵場所も含めた湖全体の環境を守ることが必要だ。~かつての田沢湖でのように、人と生き物とがつながり合った関係を維持すること、それがクニマスの保全にもつながるのだ。
とし、15段落でクニマスの「里帰り」に触れ、
  • クニマスの里帰りは容易ではない~現実を踏まえ、少しずつ歩いていかなければならない(16段落)
と結んでいます。

これらはすぐに読み取ることができると思います。

しかしだからといって、B 書くことのウ「伝えたい事実や事柄について、自分の考えや気持ちを根拠を明確にして書くこと。」をやらせようとするのは早計です。

「西湖でクニマスがこれからも生き続けるために」は解決済み

筆者は
  • 産卵場所も含めた湖全体の環境を守ること
  • クニマスだけを過度に保護するのではなく、ヒメマスなどの他の生き物と、それらの生き物から生活のかてを得ている私たち人間とが、バランスを保って共存していくこと
が大切であると述べています。

これはその通りです。
しかもこれは西湖に限って言えば実現されていることです。

西湖は富士五湖の一つで、「富士山―信仰の対象と芸術の源泉」の「富士山域」の一部として世界文化遺産の構成要素に含まれています。
ですから「人と生き物とがつながり合った関係を維持すること」は、日本が世界文化遺産を辞退しない限り可能でしょう。
3-15
筆者が「西湖で」とわざわざ条件をつけたのには、そういう意味があるのです。

しかし、西湖以外の場所ではうまく行かないのが現実なのです。
例えば、有明海に面した諫早湾の干拓とか、沖縄辺野古埋め立てなど、大人の私たちでも簡単に解決できない問題が含まれています。

軽々しく「筆者の考えをもとに、自分の意見をまとめなさい」というような課題作文を出すと、
生徒は、筆者の細かい記述を読み飛ばして安易に「自然保護は大切」という一般化された主題にはまってしまいます。

『論語』にあるように、「学んで思わざれば則ち罔(くら)し。思うて学ばざれば則ち殆(あやう)し」(為政第二の十五)です。深い考えもなく一度テキストを読んだだけでわかったつもりになり、それを自分の考えであるかのように錯覚してしまうことは危険だと思います。
別に私は自然保護に反対するわけではありませんが、生徒には自分の頭でしっかり考えるための、様々な知識を身につけて欲しいと願っています。

もう一つの問題点は、西湖にとってクニマスは、もともと西湖にいなかったのに人為的に田沢湖に持ち込まれた外来種に過ぎないということです。

外来種のすべてがいけないというわけではありません。地域の自然環境などに大きな影響を与える場合が問題なのです。

たとえばブラックバスやブルーギルの場合、
  • 口に入る大きさの在来の小魚、昆虫、エビなどを食べてしまう。
  • 稚魚は、在来魚が食べるミジンコなどのプランクトンを食べるため、餌の奪い合いになってしまう。
  • 漁師の漁獲対象の魚(ワカサギなど)を食べてしまう。
  • ブラックバスのひれには、鋭いとげがあり、刺さると危ない。
などの問題点があります。だからブラックバスとブルーギルがいる場所では、小型の魚は食べられてしまい、コイやフナの成魚のみが生き残り、小さな池などでは大きなコイとブラックバスとブルーギルしかいない状況がしばしば見られるそうです。

クニマスは本当に西湖の在来種に影響を与えたのでしょうか、与えなかったのでしょうか。
決して在来種には影響を与えないという確証を得てから持ち込んだのでしょうか。

「クニマスは絶滅したと思われていたから外来種であっても良い」というのは人間の勝手な理屈です。
「クニマスは外来種であっても外国産のものではないので良い」と言えるでしょうか。

突き詰めると、人為的に他の地域に生物を持ち込むことの善し悪しが問われてしまいます。

「クニマスの里帰りは容易ではない」はあたりまえ

テキストには「田沢湖の水はまだ酸性であり、クニマスのすめる環境ではない」とあります。
そして「元にもどすには、気の遠くなるような時間と労力が必要」であり「現実を踏まえ、少しずつ歩いていかなければならない」と、まるで『故郷』の最後の場面のようなことが書かれています。

「西湖でクニマスがこれからも生き続けるために」と同じように、「クニマスの里帰りは容易ではない」のは疑問の余地がないことです。

筆者の「現実をふまえ」とは、どういうことを言っているのでしょうか。

田沢湖の現実とは、テキストに以下のように書いてあります。
  • 一九三四年、東北地方を大凶作が襲うと、食糧の増産が人々にとって切実な課題となった。そこで、玉川の水を田沢湖に引き入れて酸性を弱め、それを農業用水として使うこと、また、電力の供給を増やすため、湖の水を水力発電に利用することが計画された。
玉川は上流に強酸性の玉川温泉があり、そのため、昔から魚が住めない「玉川毒水」と呼ばれていました。そのため農業用水はもちろん生活用水にも適さず、橋などにも被害を与え、水量は豊富でしたが流域の開発が遅れていました。昔から様々な除毒対策が繰り返されてきましたが、平成元年10月に完成した玉川中和処理施設の完成によって約150年間に及ぶ毒水排除の夢が実現しました。(玉川温泉参照)

1943年といえば昭和9年。戦争の足音が聞こえてきた時代です。
玉川の酸性水を湖に入れれば、魚は死ぬと漁師たちは分かっていました。しかし「食糧増産と経済発展が最優先された時代です。反対の声はかき消されたのでしょう。(「クニマスの地元・田沢湖、深い喜び 70年ぶり再発見」朝日新聞 2010.12.15)

結局、1940年(昭和15)に玉川の水は田沢湖に引き入れられましたが、田沢湖がどんなに大きな湖であったとしても、無限に流れ込む玉川の酸性の水を薄めることなどできるはずがありません。農業用水としては数年で使いものにならなくなりました。

水力発電用水としては現在田沢湖の周りに二つの発電所があります。一つは田沢湖発電所、もう一つは生保内発電所です。
田沢湖発電所は昭和33年に玉川にダムを造りその水をせき止めて田沢湖に流れこむようにしたものです。こちらはクニマスとはあまり関係がないようです。
一方生保内発電所は田沢湖をダム湖とし、1940年に運用が開始されました。現在、最大出力31,500kWの秋田県内で最大の出力を誇る発電所です。
obonai生保内発電所

「玉川の水を田沢湖に引き入れて酸性を弱め、それを農業用水として使う」のは、常識から考えて到底無理なことは少し考えればわかると思います。結局「電力の供給を増やす」ことが目的だったのではないでしょうか。
そして玉川の水を入れれば田沢湖の生物は死滅することを当時の田沢湖周辺の人々も十分わかっていましたが、国策に反対することはできなかったというのが実情だったのではないかと思います。

では当時の人たちはどうすればよかったのでしょうか。

昭和9年という時代に、漁業権を主張して田沢湖をダム湖とするのに反対する運動を、果たしてできたでしょうか。
もし私たちが当時そこに暮らしていたとして、反対の声をあげることができたと自信を持って言えるのでしょうか。

では現在、田沢湖に対してどうすればよいのでしょうか。

水力発電が見直され、電力不足が話題となる現在、田沢湖に流入する水を止め、田沢湖発電所と生保内発電所の運用を停止させることができるでしょうか。

現在玉川中和処理施設が稼働していますが、クニマスが棲める状態にまでphを回復させることはできないようです。これ以上の効果を出すためには更に強力な施設が必要です。これには膨大な資金が必要であり、それに見合うだけの効果がなくては予算はつかないでしょう。使われるのは私たちの税金です。費用対効果を考えるとどうでしょう。

更に、田沢湖が昭和9年以前の状態に戻ったとして、現在の田沢湖の環境に適合し生息している生態系は滅びてしまってもよいのでしょうか。

以上のことをふまえると
「在来の生物が生き続ける環境を守る」や「クニマスの里帰り」をテーマにして自分の考えを書けと言っても、生徒には難しすぎる問題だと思います。それに国語科としての指導を逸脱してしまう可能性もあります。

この教材で何を書かせるのか

そこで私は、まず序論を50字、本論を60字、結論を140字程度、合計250字程度で要約する課題を出します。高校入試でよくある要約文を書かせる課題です。

それが終わった生徒から、「根拠を明確にして」自分の意見を簡単にまとめるように指示します。「根拠を明確にして」は、具体的な事実をもとにして、自分なりの意見と整合性があるものならばよしとします。

これをやらせるだけでも2時間はかかります。

これで全5時間の単元は終わりです。

このブログの内容を学習プリント(ワークシート)にしました。
興味のある方は、こちらへどうぞ。


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