否応なしに教師自身がスクールカーストに取り込まれてしまう現在、教師の声を生徒全員に行き渡らせるにはカースト上位にならなくては難しいでしょう。

スーパーリーダーには〈自己主張力〉〈共感力〉〈同調力〉の総合力である「コミュニケーション能力」がなくてはいけないと前回までで説明してきました。
確かに「自分の考えをしっかり生徒に言う力(自己主張力)」「生徒の立場に立って思いやりを持つ力(共感力)」「明るい雰囲気を作る力(同調力」は、いずれも教師になくてはならない資質だと思います。

しかしこれだけでは不十分です。

リーダーシップ(リーダーの能力)は一般的に「組織を率いる能力」のことを言います。
経営学者であるP.F.ドラッカーは、
  • リーダーシップとは、組織の使命を考え抜き、それを目に見える形で明確に確立することである。リーダーとは目標を定め、優先順位を決め、基準を定め、それを維持する者である
と述べています。同時に、リーダーたることの第一要件として
  • リーダーシップをとることが仕事と考えること
とも定義しています。

これを教師の仕事として考えてみましょう。
教科の学習でも学級経営でも「教科の授業や学級のあり方を考え抜き、それを目に見える形でしっかり持つこと」が大切で「目標を定め、優先順位を決め、基準を定め、それを維持する」ということです。

例えば理科の電気の学習では、学習指導要領に示される理科でつけたい力をはっきり意識した上で、その単元の、一時間の授業の意味をしっかりつかみ、本時のねらいを生徒全員にしっかりと納得させ、ねらいを達成するために必要な知識や必要な手順などの優先順位を考え、それぞれに対する評価基準を決めて、生徒が基準に満たなかった場合はフィードバックを考え授業を展開する、ということでしょう。

また、学級担任として「どのようなクラスにしたいのか」といった目指す学級のイメージをはっきり持って「そのために、しっかり提出物を出そう」と、活動の意味と共に学級の願いを生徒や保護者に伝え、更に「どのくらい出せば目標達成と言えるのか」を数値的に示し、もしそれが達成できなかった場合は「目標を達成するためにどうしたらいいのか」を考えさせる(これは全体に対してやる場合と、個人に対してやる場合とがあります)等の方法が考えられます。

これは、プロの教師として当たり前の「仕事」なのです。

「コミュニケーション能力」が高い、カースト上位の生徒との違いは、明確な理想や目標を示せるかどうかなのです。
ここまで考えて振る舞う(リーダーを演ずる)ことは生徒には難しいでしょう。

学校は仲良しクラブではなく、教育基本法に基づいた合目的的な組織なのです。
この学校という組織の目的達成のためにリーダーは不可欠であり、リーダーシップを発揮するという行為は教師しか演ずることができないものなのだと思います。

このように考えると、リーダーシップは生まれ持った資質というよりも「仕事」であり「役割」とも捉えられます。
教師という「仕事」を持ち、教師としての「役割」を演ずることは、特別な能力がなくても給料をもらっているプロの教師である以上、誰もがやらなくてはならないことなのです。

かつて、何でも生徒の自主性に任せることが良いことであるという風潮がありました。
しかし私は、教師である以上、する・しないは別として、授業や学級経営でリーダーシップを発揮できなくてはいけないと思います。
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今私たちに必要なのは、理想を掲げ、それに向けて生徒たちを巻き込み、一人一人の生徒を変容させるリーダーシップなのではないでしょうか。
理想のない生徒には、いかに「コミュニケーション能力」が高かろうと、リーダーシップをとらせてはいけません。