『少年の日の思い出』(Jugendgedenken)は、もともとヘルマン・ヘッセが1911年に発表した『クジャクヤママユ』(Das Nachtpfauenauge)を、地元の新聞向けに1931年に改稿したものです。
この年に留学中の独文学者・高橋健二氏がスイスにてヘッセを訪問した折、帰り際に道中の無聊を慰めるようにと、ヘッセから同紙の切り抜きを手渡されました。
帰国後それを翻訳して日本で発表したものが『少年の日の思い出』ということです。

この文章は1947年の国定教科書『中学国語』に掲載されて以来、70年以上も多くの教科書に掲載され続け、義務教育課程で中学一年生にトラウマを植え続けることになりました。
主人公の「僕」より知名度の高いエーミールの「そうか、そうか、つまり君はそんなやつなんだな」というセリフがクラスの流行語になることだってあります。

「なんでこんな暗い作品が……」と思いますが、こんな作品だからこそ教材研究や授業のしがいがあるというものでしょう。

それはさておき、最近のラノベやケータイ小説にはチートキャラの主人公がよく登場します。
これは作者の願望の姿であり、自己投影で、主人公のキャラクターに作者自身を重ね合わせカタルシスを得ている、というのです。

自己投影は別に最近のラノベに限ったことではありません。
夏目漱石だって、森鴎外だって、作家というものは登場人物に自分自身を投影させているのは、少し小説を読んでみればわかることだと思います。

登場人物が作者の自己投影ならば、読者に味わわせたようなトラウマは、作者であるヘッセにあったのではないでしょうか。

そこでヘッセの経歴を調べてみました。
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ヘルマン・ヘッセは1877年に、敬虔なプロテスタントの家に生まれ育った宣教師の父母の二番目の子供として生まれます。父親は、言語学者としてまた学校の創設者として有名な人でした。

ヘッセもやはり宣教師になるべく、1891年にプロテスタント修道院神学校の神学校生となりますが、翌年規則づくめの学校に耐えきれず「詩人になるか、さもなければ何にも」ならないとの決意し逃げ出します。

すぐに捕まり両親の友人の神学者に預けられますが、そこで自殺未遂をします。

友人の神学者はこれを「悪意と悪魔的行為」としてヘッセを精神病院に入れることを両親に薦め、結局施設に送られ4ヶ月過ごします。診断は鬱病だったそうです。

退院した彼はまた学校へ行き始めますが、すぐにやめてしまいます。14~15歳のことです。

ここで気づくのはまず、ヘッセとエーミールが共に「先生の息子」であることです。
また学校をサボる「僕」の姿は神学校を逃げ出したヘッセと重なります。そして「僕」は「悪意と悪魔的行為」によりエーミールに裁かれます。

現在残るヘッセの書斎には、彼が採集した昆虫標本のコレクション箱が飾ってあるそうです。

その中に羽根が片方とれたクジャクヤママユの標本があるそうです。
(これはいくつかの中学生用資料集にも載っていますね。)
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作品で壊れたクジャクヤママユの標本をもっているのはエーミールです。
「僕」が作者ヘッセの投影された姿だとすると、エーミールは「もう一人の『僕』」だったのではないでしょうか。

蝶の美を求め続けた芸術家の「僕」と社会正義のエージェントであるエーミールは、共にヘッセの投影だとします。
すると、プロローグの「客=友人」は、あの時詩人への道をあきらめてしまったヘッセの「もしも」の姿だったのではないでしょうか。

「客」はもうちょう集めをやめてしまっていますが、ヘッセも、自分があの時、詩作をやめてしまっていたら、今でも心が痛むだろうな、と思ってこの作品を書いたのではないかと思えてなりません。

この解釈をもとに、物語を「別の人物の視点で書こう」というのを本単元のねらいとします。
この「別の人物の視点で」が更に発展して、2年生の「走れメロス」の批判的な読解につながっていくのだと思います。
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