第5時間目 盗みを犯した「僕」の心理変化をつかむ

この時間のねらいは、登場人物を取り巻く「状況」と登場人物の「心理」の相関の中で登場人物は「行動」している、ということを押さえることです。

文学的文章は、この三つの要因の中で「心理」を省くことにより、より読者を物語の内容に迫らせる(感情移入させる)という特徴があります。
この「心理」の変化は、それをもたらした要因である「状況」やその結果である「行動」を読み解くことによって読み解くことができるということを教えるための時間です。

「二年後」とありますから、物語の「僕」は生徒たちとほぼ同じ年齢です。
小学校で常軌を逸するレベルで熱中していたことをまだ続けていたのですから、ほとんど病的な状態でしょう。

僕が「熱烈にほしがっていた」クジャクヤママユの話を聞いて、一目見るために隣家に侵入、特に見たいと渇望した「あの有名な斑点」に魅せられて窃盗行為をし、犯行を隠すためにとっさにとった行動が結局獲物を台無しにしてしまった、という流れを「状況」とそれに伴う「心理」の変化、変化によってもたらされた「行動」をワークシートにまとめさせると良いでしょう。

これらを示している叙述を的確に抜き出しワークシート等に書かせます。
そして「心理」の部分に叙述がなかった場合は、生徒に言葉を考え補わせます。

ここで展翅板と展翅のしかたがよくわからないと、盗みをする前後の状況がよくつかめませんから、きちんと解説しておきましょう。
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展翅されているので羽の斑点は見えない

これを全体で発表し共有するので一時間かかります。

最後に「盗みをしたという気持ちより、自分がつぶしてしまった、美しい、珍しいちょうを見ているほうが、僕の心を苦しめた」という叙述から、「僕」がつらく思ったのは、獲物の価値を壊してしまったことであることを押さえます。

第6時間目 なぜちょうを指で粉々に押しつぶしてしまったのか考える

いよいよ単元の学習問題の解決編です。

「僕」は母親とエーミールに自分の犯行を告白しています。
その内容とは母親の「自分でそう言わなくてはいけません」の「そう言」った内容でしょう。

「僕」は母親にどんな内容を打ち明けたのか、生徒に考えさせます。
年齢がほぼ等しいので結構リアルに発表できると思います。
  1. クジャクヤママユを見たくてエーミールの所へ行った。
  2. エーミールはいなかったが部屋に入った。
  3. 蝶を探したら展翅板にあった。
  4. 羽を見たらどうしても欲しくなってつい盗んでしまった。
  5. 下から誰か来る音がしたので、あわててポケットに入れた。
  6. これはいけないと思って返しに行ったが、クジャクヤママユは壊れていた。
こんな内容に違いありません。

これを聞いて母親は、①エーミールに直接この内容を伝えること(自分でそう言わなくてはいけません)②自分の持ち物の中から、賠償を支払うこと(どれかをうめ合わせにより抜いてもらうように申し出るのです)③許しを請うこと(許してもらうように頼まなければなりません)を指示します。

これに対し「僕」は、何を「わかってくれないし、おそらく全然信じようともしないだろう」と考たのでしょう。

おそらく4の「羽を見たらどうしても欲しくなって盗んでしまった」ことでしょう。これを疑った場合、「最初から盗むつもりで来たんじゃないか」と思われてもしかたがありません。

また5と6だった場合、「最初から嫉妬のために蝶を壊すつもりで来たんじゃないか」と思われることでしょう。

「僕」は、純粋にクジャクヤママユの美しさ故に自分のものにしたくなった……見るまでは欲しいとは思わなかった、という気持ちなど、エーミールには理解できないと考えたのです。
美に打たれて初めてそれを自分のものにしたいと願うアーティスト的な魂と、結果としての価値こそ大切なものであるというリアリスト的な魂とは、わかり合うことができないと「僕」にはわかっていたのです。

しかしついにエーミールの所に出かけます。
その時エーミールは、標本を壊したのは「悪いやつがやったのか、あるいは猫がやったのかわからない」と言っています。
そして「僕」はエーミールが必死に修復しようとした状況を目の当たりにします。

「僕」はそこで母親に話したのと同じように告白しますが、「君はそんなやつなんだな」と言われます。

「そんなやつ」とは、平気で盗みをするやつ、という意味でしょう。
盗みは犯罪です。しかし自分の欲求を満たすためなら簡単に犯罪を犯す人間、という意味でしょう。「僕」のしたことは、まさにこの通りなのです。

あるいは嫉妬のために他人の貴重品を平気で壊すやつ、という意味だったのかも知れません。
もし本当に蝶が欲しくて盗みをするのなら、蝶の扱いは自然に慎重になりますが、最初から壊すつもりなら躊躇しないでしょう。
もし盗むのが目的だったとしても、盗品の扱いが雑だということは、盗むという行為自身に快楽を覚えていたことになります。それならば「僕」は生まれながらの犯罪者ですね。

しかしこう思われることは「僕」には想定内でした。まだキレていません。
「僕」は「そんなやつ」と言われる覚悟をしていたのです。

逆ギレしたのは、母の指示2に従い「僕のおもちゃをみんなやる」「自分のちょうの収集を全部やる」と賠償案を提示した時です。
  • 君の集めたやつはもう知っている=君のコレクションに価値はない
  • 君がちょうをどんなに取り扱っているのか、ということを見ることができた=コレクターとして失格である
この言葉は、自分が熱情を傾けてきたアイデンティティーを全否定するものです。
このため「僕」は完全に逆ギレしそうになります。

しかしこの二つの指摘に反駁することはできませんでした。「僕」は「一度起きたことは、もう償いのできないものだ」と悟って、エーミールのもとを立ち去ります。

「一度起きたこと」とは事実であり結果です。
蝶を行動に喜びを求めてきた「僕」ですが、行動には必ず結果が伴います。
その結果が誰かに不利益を及ぼした場合、それを賠償することは不可能である、と悟ったのです。

  • 誰も罰してくれないから、自分に罰を与えるため
  • 行動に喜びを求めた今までの自分を黒歴史としてなかったことにしようとした
等、「僕」が蝶のコレクションを壊した理由は、はっきりわかりません。
授業で扱った場合、拡散型の結論になるでしょう。
この追究の中で、生徒一人一人が最初に持った考えから、他の人の考えに触れて深化・変容する姿が「学び」の姿だと思います。

「一つ一つ取り出し、指で粉々に押しつぶし」た時の気持ちや、なぜ「押しつぶした」のではなく「押しつぶしてしまった」と言ったのか、細かな叙述にこだわって欲しいと思います。

ただ、「償うことはできない」と言っているので「罪の償いのために自分のコレクションを壊した」という解釈は誤りではないかと思います。
法律的にも「罰」は刑法上の制裁であり「償い」は民法上の賠償となりますから、一度犯した犯罪行為はいくら禁固刑や罰金刑が課せられたとしても罪を償ったことになるとは言えません。

例えばコンビニで万引きしたチョコレートを食べてしまった場合、窃盗罪で逮捕され罰金10万円を払ったとしても、罰金は国庫に納められます。罰金とは別にコンビニにチョコレート代金と慰謝料を支払わなくては罪を償ったことにはならないのです。
万引きでなく殺人の場合を考えるとよくわかると思います。

「僕」は自分で自分を罰することはできても、罪を償うことは一生できないわけですから、人生をかけてちょう集めをやめることくらいしか自分の誠意を示せないのです。
まあ、母親が指示した賠償責任を果たすことができなかったので、せめて刑事罰を与えようとしたとも考えられます。
「僕」は中学1年程度ですから、ここまで考えたかどうかは怪しいですけどね。

しかし「罪」に対する「罰」と「賠償」の違いくらいは、生徒にきちんと教えたい内容だと思います。
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