このブログに書かれた内容を、更に詳しく説明した冊子を作りました。
興味のある方は、こちらをご覧下さい。

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現代文学とは、自分と同時代の文学、現在の文学という意味です。
普通、第2次世界大戦の終わった 1945年以降の作品を指します。

しかし、戦後70年以上も経っています。
現代文学の舞台となる「現在」と言っても、
第2次世界大戦以降、さまざまな時代がありました。

ここでは、教科書に載っている作品は「いつ」の時代の話なのかを解説します。

それぞれの時代に何があったかを知り、登場人物たちが、どんな人生を送ってきたのかを考え、読解に役立てましょう

大人になれなかった弟たちに……(中学1年)
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この作品は、終戦直前(1944~1945年)を振り返る物語です。

〈ヒロユキ〉がなくなったのは1945(昭和20)年、終戦の年です。その前年からの様子が描かれていますから、1944~1945年までの物語です。

「福岡から南へ二十キロほど行った、石釜という山間の村」とありますから、場所は福岡県が舞台です。

〈僕〉は戦後ずっと「このこと」、つまり〈母親〉や栄養失調で死んでいった〈ヒロユキ〉のことを思い続け、その後の時代を歯を食いしばって生きてきたのでしょう。

字のない葉書(中学2年)
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「字のない葉書」は戦中・戦後(1945~1950年頃)を振り返る物語です。

はっきり年代が書かれているのは後半のエピソードで、1945年の終戦の年です。

では物語の〈現在〉はいつでしょう。

後半のエピソードで「あれから三十一年。父はなくなり、妹も当時の父に近い年になった」とあります。
ここから終戦の年から31年後の1976年が〈現在〉ということがわかります。

6歳だった〈妹〉は31年後の〈現在〉37歳になっています。
ですから後半のエピソードの〈父〉は30代半ばということでしょう。

一方前半のエピソードで〈邦子〉は「女学校一年で初めて親元を離れ」とあります。
後半のエピソードで〈邦子〉はまだ一人暮らしをしていませんから、1945年より後の話です。

女学校というのは高等女学校(今の中学校)か女子専門学校(今の高等学校)のことです。
女学校は1947年(昭和22年)の学制改革により廃止されました。
ですから〈邦子〉が女学校に入学したのは終戦直後の1946年ということになります。
この時〈邦子〉は高等女学校なら12歳、女子専門学校なら16歳でした。

「父は六十四歳でなくなったから、この手紙のあと、かれこれ三十年付き合った」とあります。
ここから、〈父〉は1946年から30年後の1976年になくなっています。

このことから〈現在〉は〈父〉が亡くなってからすぐ後のことです。

年代を整理してみましょう。
1945年の終戦直前〈妹〉は甲府に疎開しました。
その翌年、終戦直後1946年に〈邦子〉は女学校に進学し一人暮らしを始めます。
〈妹〉の疎開から31年後の1975年に〈父〉は64歳でなくなります。
作品の〈現在〉は1975~1976年です。

〈父〉の死後、〈父〉のことを思い出して書いた作品と言うことになります。
(この作品世界の設定です。実際の作者の経歴とは異なります。)

この時〈妹〉はアラフォー、姉である〈邦子〉は40代超えで、もし女子専門学校に進学していたのなら50歳近くです。
おばさんになり、近年〈父〉を亡くした〈邦子〉が、少女だった頃の〈父〉の姿を思い出しているのです。

「不器用な父の、家族への愛情」に気づき驚いたのはもう三十年以上も昔の話。
〈現在〉は、その時の〈父〉の姿を懐かしく思い出しているのではないでしょうか。

握手(中学3年)
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「握手」焼け跡時代(1945~1950年頃)を振り返る物語です。

〈私〉が〈ルロイ修道士〉の天使園で暮らしたのは「中学三年の秋から高校を卒業するまで」ですから15~18歳の出来事です。

この高校時代の回想のなかで闇市が登場します。
闇市があったのは1945~1950年頃です。
また有楽町は浅草で映画館等が復活したのは終戦直後の1946年からです。
この頃のエピソードが物語の中心になります。

作品の〈現在〉は〈ルロイ修道士〉が亡くなった翌年です。
〈私〉は前の年に上野公園の西洋料理店で〈ルロイ修道士〉と会った時のことを思い出し、その思い出の中で更に高校時代の回想を行っています。

作品の〈現在〉は〈ルロイ修道士〉が上京の折に使用した列車から、1982(昭和57)年東北新幹線開業以前のことだと思われます。

盆土産(中学2年)
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高度経済成長の時代(1960年代前半)の物語です。

物語の重要アイテムとして冷凍海老フライが出てきます。
冷凍海老フライが発売されたのは1962(昭和37)年。冷凍水産品の製造と販売を行っていた加ト吉水産(現テーブルマーク)が冷凍食品「赤エビフライ」を発売しました。
しかし当時、電気冷蔵庫は50%しか普及しておらず、当然冷凍食品を冷凍されたまま輸送する手段もほとんどなかったため、地方の人々にとってはとても珍しい食べ物でした。

東京では映画『三丁目の夕日』のように、東京タワーが建設され、東海道新幹線がつくられていました。
一方田舎ではアニメ『となりのトトロ』のように、ボンネットバスに車掌さんが乗っていて、家庭電話もほとんど普及していませんでした。

この時代は、道路や鉄道を作るとか送電線を張り巡らすとかの、生活や産業の基盤となる公共設備を整え充実させるインフラ整備が盛んに行われいました。
都会では工事現場の仕事がいくらでもあったのです。
主人公のお父さんも現金収入を求めて東京へ出稼ぎに出ていった一人でしょう。

アイスプラネット(中学2年)
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バブルの時代(1980年代)の物語です。

〈ぐうちゃん〉は「三十八歳。学生の頃に外国のいろんな所を旅していたらしく、気づいたときには僕の家に住み着いていた」人です。

戦争中はもちろん戦後も政府やGHQの規制により観光目的の海外旅行はできませんでした。
学生が自由に海外旅行に行くことが出来るようになったのは1960年代後半からです。
この頃は高度経済成長のまっただ中でした。
同時に安保闘争とか大学紛争と言って、社会の変革を求める学生運動が盛んになり、一方で自然と自由を愛するヒッピーとかフーテンとか言われる若者が増えました。
当時20歳くらいの〈ぐうちゃん〉もその一人です。
このことから〈ぐうちゃん〉は1940年代後半に生まれた「団塊の世代」です。
きっと〈ぐうちゃん〉は長い髪の毛を肩まで伸ばし、穴のあいたジーンズをはいて外国を旅行していたのでしょう。

作品の〈現在〉は、〈ぐうちゃん〉が海外旅行をしていた時代から20年ほど経っていますから、1980年頃です。
当時世の中はバブルに沸いていました。バブルで景気が良かったから〈ぐうちゃん〉はまた海外旅行に行けたのかも知れませんね。

この時〈悠君〉は中学生。ですから〈悠君〉は1970年半ば頃の生まれです。
この世代は「団塊ジュニア世代」とも呼ばれています。
〈ぐうちゃん〉やそのお姉さんである悠君のお母さんは団塊の世代ですから、つじつまがあいますね。

またこの世代は「氷河期世代」とも呼ばれ、就職の時期に日本は深刻な不景気に襲われたため、フリーターやニートなどの就職難民が非常に多い世代でもあります。
〈悠君〉のお母さんの「大人になっても毎日働かなくてもいいんだ、なんて思って勉強の意欲をなくしていったとしたら」という心配は当然です。

〈悠君〉は世界の不思議を自分の目で確かめることができたのかよりも、きちんと就職できて今も務めているのか心配になります。

時代がはっきりわからない物語
 
「花曇りの向こう」(中学1年)
舞台が関西地方であることまではわかりますが、時代は不明です。
駄菓子屋は1980年代以前にはそこらじゅうにありましたが、現在でも残っていますから、これによって時代を確定することはできません。

「星の花が降る頃に」(中学1年)
学習塾が一般的になったのは1965(昭和40)年以降から現在に至ります。複数の塾があり、それを選ぶことができ、校庭が広いことなどから、舞台は中小都市くらいでしょうか。

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