十種神宝 学校の基礎・基本

公立の義務教育の学校に永きにわたりお勤めだった稗田先生の、若い先生方への昔語りです。学習指導要領や、それに伴って変わってきた先生たちの意識や授業のことなど、教育現場に起こってきた今や昔のことどもを書き記していきます。

 義務教育の現場に長くお勤めだった稗田先生からお聞きしたことどもを、拙いながらもまとめてみました。
 不易流行という言葉があります。この、教育の"流行"の中から、自分だけの"不易"を見つけていただければ、これに過ぎる慶びはありません。
                                   十種神宝 主人 太安万侶

 このブログで紹介した教材の学習プリントをおわけします。興味のある方はご覧下さい。https://kandakara.booth.pm/

教師の心得

学級によって異なるローカルルールがあることは生徒だって知っています。
ですから四月当初は、「○○はしていいですか?」「○○はどうしたらいいですか?」と聞きに来る生徒が多いと思います。
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その都度判断に迫られるため、その場であまり考えずに答えてしまうことがあります。これが、他の生徒が同じようなことを聞いた時に違うように答えてしまう原因です。
また、このくらいは自分で考えて欲しいと思い「自分で考えなさい」と言うこともあるでしょう。「自分で考え」た結果、生徒はみんな同じ結論を出すとは限りません。
結局「先生はブレている」と思われてしまいます。

しかしこのように単純に質問してくる生徒は、素直で良い生徒だと思います。
中には、新しい担任が決めた基準に対して「前の先生は○○だったよ」という生徒もいるでしょう。
この場合は「ヨソはヨソ、ウチはウチ」と言い放ち、ルール破りに対しては毅然として対応しましょう。
(これは一年生の最後に「来年は新しい担任のルールに従うように」と言って欲しいことでもあります。)

更に注意しなくてはいけないのは、「先生、提出物は明日でもいいですか?」というように、わかっていることをあえて微妙な言い回しで質問してくる場合です。
これは「先生は良いと言った」という言(げん)質(ち)をとるための質問です。
これに対しては毅然とした対応が求められます。

対策としては、予想される質問に対し、あらかじめどう答えたらいいのかしっかりと準備することです。
これは指導案の「予想される生徒の反応」の考え方と同じです。生徒目線に立って考えればよいのです。
そして「これは」と思うものは、成文化して全体に提示してしまいましょう。

これが最もローリスクでできるのは四月当初しかありません。
どのようなことを決めておかなくてはならないかは、実際に生徒目線に立って、経験していって欲しいと思います。

しかし、みなさんにとって予測できないことも多いと思います。
判断に困るような時には、すぐに答えずに時間を置くようにしましょう。

「ちょっと学年の先生に聞くまで待っていて」と、少しだけ時間を伸ばします。
その後、学年の先生達に確認をすれば、たいていは明確な基準を示してくれるはずです。

生徒の質問にすぐに答えられないのは信頼してもらえないかも、と思うかも知れませんが、誤った判断を下すよりもずっといいと思います。
自分の判断が間違っていて、一度許可してしまったことを取り消すことは、膨大なエネルギーが必要になります。
「えー、先生はこの前いいって言ったのに……」と教師の「判断がブレる」ことこそが、教師への信頼感を少しずつ失わせる原因の一つです。

それでもルールの変更をしなくてはいけない時があります。
その時は正々堂々と全体の場で伝えることです。

初期のルール設定が終わってそれに慣れた時期に、生徒が「先生、○○してもいいですか?」と聞いてくることがあります。
学級の状況や生徒の気持ちは刻々と変化していきます。その中で生徒自身が判断に迷っているのです。
「ルールを設定していないから設定して欲しい」あるいは「一度定めたルールを違う形にしてよいか」ということを聞いていることになります。またカースト上位の生徒が自分に都合の良いようにルールを変えようとしている場合もあります。

いくらもっともな話でも「では、そのようにしよう!」とその場で答えてはいけません。

この段階では、話をした生徒にとってルールは変わっていますが、それ以外の生徒にとっては以前のルールのままだからです。
そのため「ルールの変更は全員が聞いている場で行う」必要があります。

良い提案をしてきた生徒には「では、後でみんなの前で確認をするからね。」と伝え、帰りの会など全体の場で、全員にルールを変更することを伝えます。

この様な手続きをとれば、「不公平だ」などと言われることは減っていくと思います。

生徒たちに不公平感を感じさせないこと、正直者にバカをみさせないこと、自分の担任の先生は公明正大であり正義の味方であることを印象づけるために、一瞬でも気を抜いたら負けなのです。

                                                                              ……よいお年を。
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二年になって担任が新しくなり、集団がうまく機能しなくなる場合があります。

いくつかの原因があると思いますが、「ルール」に着目して考えてみたいと思います。
なぜなら、集団がうまく機能しない原因として考えられるのが「ルールが崩れていく」という点に一つの原因があると思うからです。

学校には、さまざまなルールがあります。例えば「1時間目は8:45~9:35」という時間に関するルール。このような明文化された内容は、明確に掲示物などによって示されたりチャイムによって知らされたりするため崩れにくいものです。

逆に崩れやすいものは、明文化されていないルールです。

例えば「チャイム着席」は「チャイムが鳴り始めたときか、鳴り終わったときか」という判断(リレースイッチのタイムラグにより、設定した時刻の3~7秒後にチャイムは鳴り始めるので、鳴り始めた時は既に遅いというのが正解です)などの、担任が自分のクラスの中で基準を設定しなければならないような場合です。

割り箸やマスクを生徒に貸し出した場合について考えてみましょう。

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「返却する」というのは学年会等で統一されたルールです。

ある生徒に「明日返しなさい」と言い、違う生徒に「いつでもいいよ」と言えば、生徒は「不公平」「ずるい」「人によっていっていることが違う」と思うでしょう。

ならば、「明日」は無理なので「いつでも」でいいかというわけにはいきません。
「いつでもいい」とは「持ってこなくてもいい」のと同じことです。
学年としてのルールを担任が「守らなくていい」と言ったことになります。

そして気がつくと、カースト上位の特定の生徒が借りた割り箸やマスクを返さないようになり、次第にそれが学級全体に広がります。(スタートがカーストの上位生ですからね。)

では、どのような対応がよいのでしょうか。

「三日以内に」「一週間以内に」と期限を切り、締め切りの前日にきちんと声がけするという指導が必要でしょう。
また約束の期日を守らなかった生徒に対しては「生活ノート」にその旨を記し「お家の人にこれを見せて明日持ってきなさい。できない場合はその理由をお家の人に書いていただきなさい。」と言います。

「え、そこまでやるの?」と思うかも知れません。

しかしこれをやらないと悪弊がはびこり学級が崩れていくもとになるのです。

そしてこのような指導は、最初に(特にカースト上位生に対して)やるからこそローコストでハイリターンが期待できるのです。

年度の途中でこのような指導を行うのは「今までと言っていることが違う」と思われ、確実に抵抗する生徒がいるでしょう。
これではハイリスクローリターンな指導になってしまいます。

まず目指すべきは、絶対に「真面目で正直な者ほど損をする」学級にしてはいけない、ということです。
これは、いじめのない学級の必須条件でもあると思います。

正直者がバカを見ない学級であることを保証できるのは学級担任しかいません。
そしてそういう学級であることを担保するのは、カースト最上位者である学級担任が「正義の味方」であり、生徒との信頼関係が成立していることです。

「不公平」「ずるい」「人によっていっていることが違う」という気持ちに信頼関係はありません。
信頼できない担任の言うことなど本心から聞くわけがありませんから、徐々に「聞こえなかった」「自分が言われているとは思わなかった」といって、指示に従わない生徒が増えてくるでしょう。

人間は弱い存在です。モラルは下へ下へと流れていきます。

まず学校や学年としての決まりを遵守させること。
そして担任が判断基準を示せばよい内容の場合は一度示した基準は変えないこと。

これを最も確実に効果的に指導できるのは学級編成直後の三日、一週間、一ヶ月間しかありません。

連休前までは決して気を抜いてはいけないのです。

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今年は一年生の学級担任で、春休みに学級編成替えがあり、来年は持ち上がりで二年生の担任になる場合もあります。
このような場合、新入生と比べ既にある程度生徒たちを知っている、というアドバンテージがあります。
しかしこれはそのままではメリットにはなりません。

そうでなくても、全てが初めての経験で緊張した一年間を過ごす一年生と、生徒会に部活にと中心的な役割を果たし最後には人生最大の選択である高校受験がまっている三年生とに挟まれ、「中だるみの二年生」と言われます。
実際には、二年生は夏休み前から部活の中心として活躍する立場となり、2学期後半からは生徒会を引き継ぎ、修学旅行に向けての活動があり……二年生だってとても大変なのですが……こんなことは口で説明しても生徒は実感できません。

ですから二年生の学級担任になったら、今まで以上に学級の雰囲気をよりよいものにしていかなくてはいけません。
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教師は授業が勝負

新年度が始まる三月~四月は、様々な事務仕事に時間が割かれます。

そして新しい学級に関わる仕事量は新入生の場合とまったく同じです。
一年生の先生が新入生を迎える春休みにしなければいけない仕事は本当にたくさんあります。そして新二年生の学級担任になるにあたり、それとほぼ同じ仕事があるのです。

新二年生のどのクラスになるかはわからないにせよ、学年主任にお願いして、学年組織でさっさと仕事を進めておくようにします。

とは言っても三月中にできる仕事とできない仕事というものがあります。また、四月に入ってから入学式までにできる仕事とできない仕事があります。そして全ての仕事には締め切りがあり、慣れないうちはどうしても仕事がたまっていきます。「あの書類はまだ?」と担当の先生に言われると、どうしてもそちらを先にやるようになります。

そうしているうちに、本来、大切にしなければならない授業の準備に時間を割くことができなくなってきてしまいます。そうすると当然、授業の質が下がります。
新入生ならば「中学ってこんな授業をするんだ」と一生懸命取り組んでくれるでしょうが、すでに中学の授業を受けてきた新二年生は、あなたの授業の質的低下を簡単に見破ります。

これに文句を言うのは主に保護者です。
生徒はその代わり、授業中の落ち着きがなくします。
いくら一年の時に親しみを持って接してくれた生徒も、毎回の授業がつまらければ、教師から離れていってしまうのです。

そこで大事になるのが、様々な仕事に優先順位をつけることです。
このやり方については「困難は分割せよ」のスケジューリングのしかたで説明しました。

前回までに説明した、コストパフォーマンスを考え、自分の仕事を適正にマネジメントしていくことが、みなさんには求めらるのです。

優先度の高いものを次に掲げます。
  • A:優先順位の高いもの=次の日の授業の準備、けがや病気への対応、生徒同士のトラブル 等
  • B:比較的優先順位の高いもの=「進級おめでとうテスト」等の採点、家庭訪問のスケジュール決めや保健関係の書類提出 等
  • C:優先順位の低いもの=廊下の壁に生徒の作品を貼ること、氏名印を押すこと 等
Cの「あまりエネルギーをかけないでよいもの」ほど、簡単で、ともすると自分で「やった」感があるため優先順位を高く設定しがちですが、生徒が成果を理解できる程度に、できる限り効率よく時間をかけずにやることをお勧めします。

大切なのは「授業について考える」ことです。

授業に間に合わないので去年作ったワークシートをそのまま使うのでは、あなたの授業は去年以下のレベルと生徒に判断されます。
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部活の選択や学校行事の精選などと同じように、学級担任の仕事もコストパフォーマンスを考えなくてはいけません。

「コスト」と「メリット・デメリット」を考える上で大切なのは「リスク」と「リターン」です。
コストをかけて何かをしたとき、その結果として得られるものが「リターン」です。そしてその結果が得られない可能性が「リスク」です。

四月の入学式、新入生達が登校するまでにやっておかなくてはならないことが学級担任にはたくさんあります。
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生徒に毎日の提出させる「生活記録ノート」。
これに生徒の名前を書いて渡すか、自分で名前を書けと言うかを例にとって考えてみましょう。

方法は次の6通りです。

    1 名前は記入しない書かない
    2 書かないが名前がわかるようにする
     2-1 氏名印をつく
     2-2 テプラやパソコンで打ち出したものを貼る
    3 名前を書く
     3-1 ボールペンで書く
  3-2 名前ペンで書く
     3-3 筆で書く

コストは1<3です。しかし生徒に与える印象だけでなく入学式直後の保護者の心証も含めてのメリットは1<3、同じようにコストを考えるとデメリットも1<3となります。
 
ここで登場するのが「リターン」と「リスク」です。

1は何もせずに配るのですから生徒や保護者の心証もノーリターンです。
これを、当たり前と考えるならノーリスクですが、「これは特別なものなのだ」とは思ってもらえないというリスクがあります。更に隣のクラスが3-3で配ったとすると「担任の先生はやってくれなかった」と受け取られかねないハイリスクな行動だと言えます。

逆に3-3の場合、時間コストはもとより、技能的なコスト、金銭的コストがかかります。このコストはデメリットです。しかし肉筆で一字一字丁寧に書かれた自分の名前を見て与えるインパクトがメリットであり、リターンを期待できるでしょう。
しかし黙って渡していれば、それに気づかれないというリスクを負います。そこで、さりげなく肉筆で書いたことをアピールしながら「生活記録ノート」の意味や役割、教師の願いに気づかせることでローリスク・ハイリターンを目指します。

では現実問題として、6通りの選択肢のどれを選んだらよいのでしょう。

それぞれの選択肢にはコストがあり、メリットとデメリットがあり、リターンとリスクがあります。
入学式前のほんの短い期間でやらなければならないことは山のようにあります。

「生活記録ノート」の名前書きについて検討している時間などはほとんどないでしょう。
一瞬でコストとメリット・デメリット、リスク・リターンを考え、最適な行動を選択する

……それが学級担任なのだと思います。

その時、行動を決定するのは「自分の学級の生徒をどうしたいか」という信念だと思います。

全てのデータをそろえても、所詮データベースは結論を出せないのです。
そしてできる限り多くのデータをそろえなくては浅慮のそしりは免れません。

「学びて思わざれば則ち罔し、思いて学ばざれば則ち殆し」ですね。

「学び」も「思い」もしない教師は生徒にとって反面教師でしかないでしょう。
自分で考えることを放棄し「学年の意向」に委ねてしまう担任を生徒は決して信頼しないと思います。

学級担任とは、常に走り続けることを義務づけられ、常に走りながら考え続けなければ、学級経営などできないのです。

昨今は「思考・判断・表現力」が言われていますが、私はその根底に「心」がなければ畸形な能力になると心配しています。教科としての道徳でそれが育つといいですね。┐('д')┌

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 前回「部活のコスト」の話を載せたところ、「コストとは何か」「メリット・デメリットとどう違うのか」という質問を受けましたので、解説します。
 
コストとは「何かをするときに消費されるもの」です。
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例えば三年生を四月に修学旅行に連れて行くとします。修学旅行に行くにあたり業者等に支払うお金が「金銭コスト」です。

また修学旅行中はもちろん、業者選定から会計報告書の作成まで修学旅行にかかる時間を「時間コスト」と言います。

時間コストは同時に集中力や理解力、または体力が必要です。これを「認知コスト」と「肉体コスト」と言います。会計担当の先生は認知コストが、下見に行ったり生徒指導を担当する先生は肉体コストが特に大きいと思います。

修学旅行に行って帰るまでは生徒の安全に対し気を抜くことができません。これを「心理コスト」と呼びます。

これらのコストを支払わない限り修学旅行は実行できません。何をするにしても必要なのがコストなのです。世の中では「コストカット」という言葉が流行っていますが、コストを最小にすることによって、より効果的に何かをしようとしているわけです。

修学旅行に行くことでどんな良いことがあるのでしょう。逆にどんな問題点があるでしょう。これがメリットとデメリットです。

今行ったとおりコストのかからない活動などありません。
問題は、支払ったコストに対し、それに見合ったメリットがあるか、デメリットは何かを天秤にかけ、最小のコストで最大のメリットをあげることが大切なのです。

最大の教育効果をあげるためには、先生たちが幾晩徹夜しようとかまわないというのは、コスト管理を無視したブラックな考えかただと思います。(消耗品だってコスト管理されているのですから、消耗品以下の扱いですね。)

現在、例えば修学旅行を二年生の3学期にやるか三年生の1学期にやるかとか、学級編成替えを二年生になるときにやるか三年生になるときもやるかとか、来年や数年後の学校を見据えて検討する時期かと思います。

コストとメリット・デメリットを、考えられる限りの可能性を考えて天秤にかけ、最小のコストで最大のメリットが期待できる道を選ばなくてはいけません。

学校行事をどう精選するかばかりではありません。今、日課表や時間割などの教育課程全般だけでなく、学力をどう伸ばすか等、いわゆる「検討委員会」の議題になっていると思います。

今後の方向を決めるにあたり、私のような年寄りは今までの経験や思い込みが枷になって、計上するべき要素を見とばしてしまうことがあります。

 「大鉄人17対ブレイン」でお話しした通り、同じ情報がインプットされたスーパーコンピュータですら、まったく逆の結論を得ることだってあります。
最終的には、自分自身の信念が問われているのだと思います。

みなさんの新しい目でコストやメリット・デメリットを指摘し、みんなで「こうしよう」と判断・決定していくことに価値があるのだと思います。

自分には関係ないことと思わずに、居眠りなどせずしっかりと参加しましょう。

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来年入学する生徒たちは、何を基準に部活を選んでいるのでしょう。

下の表は、ある小学校でバスケットをやっていた子が、バスケで強いと言われる中学へ進学した時に、入る部活を家族で考えた資料です。(この記事はフィクションです。実在の人物や団体、学校などとは関係ありません。)
A54 部活のコスト
この子は、部活に入ることによって生ずるコストをきちんと分類し、それに対する判断基準を設けていることです。
また判断基準に満たなかったからと言って選択肢からはずさずにリスクを覚悟で入部しようとしています。

新聞等で、学校の「闇部活」の記事をよく見ます。部活としての拘束時間を超えて「社会体育」という名目で生徒を拘束する行為です。

このご家庭は「実質拘束時間」として部活の時間的コストをきちんと判断しようとしています。

しかし、多くのご家庭では、部活の選択にあたり「自分がやりたいことか」ということだけで判断しようとしていることが多いのではないでしょうか。

部活を選ぶ際に学校は、きちんとリスクを分析・説明しなくてはいけないと思います。
生徒もご家庭も納得した上であったのなら新聞記事の記事のようなトラブルも起きないのではないかと思います。

ともすると「この部活は楽しいよ」「こんなことができるようになるよ」等のよい面ばかりが強調されがちですが、雑誌などによくある胡散臭い釣り広告と同じで、アンフェアだと思います。

「そんなことをしたら、誰も部活に入らなくなる」のが心配ならば、本当にその部活は存続しても良いのか、職員会議等で判断を下すべきでしょう。

自分の部活は、上のようなコスト表に対してどうであるか振り返ることも必要だと思います。
もし、「社会体育としてでも練習しなくては勝てない」と考えているならば、あなたには「ブラック部活」をとやかく言うことはできません。
生徒だってそれを承知で入っているので、文句も言わないでしょう。

急に変えようとしても、なかなかそうはいかない……という先生も多いと思います。

部活に熱心な保護者の方は発言力も大きく、変えようにも変えられない、ということです。

ここで大切なのは生徒の気持ちです。
部活の「夢」をかなえると言っても、それは本当に生徒の「夢」なのか、それとも本当は保護者やコーチの「夢」で、生徒はそれに誘導されたものなのか。

それをしっかりと考え、いざとなったら教頭先生なり校長先生なりに相談していくとよいですよ。
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教師の最も重要な仕事は授業をすることです。
なぜなら、生徒と最も多く接する時間は授業だからです。

この大切な授業を充実したものにするために、最近「授業力」という言葉が使われています。
授業力の定義はまだ定まったものがないようですが、とりあえず「子どもたちの確かな学力を保障する力」として捉えたいと思います。

生徒一人一人が安心して学校生活を送り、学習意欲や自信を持つためには、教師と生徒、生徒同士の好ましい人間関係を築くとともに、生徒がわかる・できる授業づくりを積み上げていくことが不可欠です。
そして授業中の発言がたとえ間違えたものだったとしても、しっかり位置づけ「君の考えによって私たちの学習が一歩前進した」「そんなことまで考えついたなんてすごい」というように、発言した生徒自身が教師や生徒から認められ評価されるというような「自己有用感」を高めていくことが大切だと言われています。

そこで教師は、児童生徒が「自己有用感」を高められるような学級・学習集団づくりを行うことが「授業力」の基礎となります。

この「授業力」を構成するものとして、東京都では
  1. 使命感 熱意、感性
  2. 児童・生徒理解
  3. 統率力
  4. 指導技術(授業展開)
  5. 教材解釈、教材開発
  6. 「指導と評価の計画」の作成・改善
の6つの要素を挙げています。

「授業力」には、その人が持って生まれた資質もあると思います。
例えば容姿端麗であれば生徒からの好感度は高いでしょうし、声が大きく滑舌がよければ指示も通りやすいでしょう。明朗快活な性格ならばポジティブな人間関係を構築しやすいと思います。

ならばそういう人にしか高い「授業力」を求めることはできないのでしょうか。
逆に、資質があるからといって、授業がうまくいくとは限りません。

昔々『キン肉マン』というマンガがありました。(今も続いていますけど……)
キン肉マン1210© ゆでたまご/集英社
その中の「夢の超人タッグ編」に登場したのが、モンゴルマン(ラーメンマン)とバッファローマンのタッグ「2000万パワーズ」です。
ここでいう「パワー」とは超人強度のと言って持って生まれた力を示す単位です。『ドラゴンボール』に登場するスカウターで表示される戦闘力のようなものですね。

「2000万パワーズ」と言っても1000万パワーのバッファローマンと100万パワーしかないモンゴルマンでは、合わせても2000万には遠く及びません。
しかしモンゴルマンは「パワー不足を補ってあまりある1000万の技がある」と言い、1000万のパワーと1000万の技を合わせて2000万パワーになるのだ、と大見得を切っています。

ed410436-caac-4ac7-adb2-f309446e3918©ゆでたまご/集英社
「授業力」もこれと同じです。

若いみなさんにはバッファローマンの1000万パワーくらいはあると思います。
しかしその多くは「若さ」という力です。

この力は生徒との距離を縮めることができる力です。
生徒に気軽に話しかけ、生徒も先生の話をよく聞いてくれるます。
また既成概念にとらわれず新しいことにチャレンジするということも可能にします。
ドラマやノベルに登場する若い先生の立ち位置ですね。

しかし「若さ」は失われていく力です。
失ってしまうまでに「若さ」に代わる力は何かを考え、見つけて欲しいと思います。

そしてそれ以上に「若さ」を補って余りある、授業での1000万の「技」を身につけて欲しいと思います。

そのために「授業力トレーニングテキスト」などのセルフチェックが大切だと思います。

自分の日常の授業をしっかり振り返り、みなさんにとってのカメハメ殺法の基礎としてください。


教師教育ランキング
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懇談会が始まり、いよいよ受検校を決める時期に来ました。

私のいる県の公立高校は、前期入試と後期入試があり、特に前期入試には「志願理由書」を願書と一緒に提出させる高校が半数以上あります。

提出期限は迫っているけど「志願理由書」って、どう書いたら良いのだろう……

そういう疑問に答えるために作った解説書です。
これは、某県の某地方の公立高校前期入試に対応したものをもとに書かれています。
平成30年度の受検生に向けて書いたものですから、少し内容が変わっているところもあります。
しかし、基本的な書き方はまったく変わっていませんから、参考になると思います。

高校入試は、高校が生徒を選び、受験生は選ばれる立場にある制度です。
ですから、入試で勝利をつかむには、自分が選ばれる人材であることを最大限アピールしないといけないのです。

その高校が求ているのはどういう人材かを知り、それを「志願理由書」に反映させる書き方を知ることはみなさんの大きな力となります。
また「志願理由書」は「面接・作文」とセットで考えていく必要があります。
このやり方を具体的に解説してあります。

なお、この書き方は合格・不合格を保証するものではありません。書いて提出するのはあなたです。あくまでこの文章は参考として考え、合否の結果は自己責任でお願いします。

興味のある方はこちらへどうぞ。
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生徒任せにしない

「一ヶ月で全員にリーダーをさせるというのは無理なのではないか」という質問を受けましたのでお答えします。

例えば日直当番などはその日の学級のリーダーと言えます。給食の挨拶をする生徒もその時のリーダーです。提出ノートを集める生徒もリーダーです。
リーダーとは「使命感を持ち、全員を動かす権限が与えられた者」です。

例えば教室がうるさい時、日直の生徒が「静かにしてください」と呼びかけたとします。
声が小さければ「もう少し聞こえる声でいいなさい」とアドバイスしてやる必要があります。
それでも聞かなかったとすると「リーダーには従うこと」を全員に教えてあげなくてはいけません。

権限を与えたのは生徒たちですが、その権限を最終的に保障することができるのは教師しかいないからです。
「係が『静かにしろ』と言っても言うことを聞かない」のは、最終的に教師の指導不足の結果で、責めを負うべきは教師であると思います。
もしこれを係生徒の責任にすれば、誰も係をやりたがらなくなりますよ。

提出ノートを集める係も、ただ集めるだけならばリーダーではなく、単にお手伝い係です。
提出しない生徒に呼びかけたり、目標を決めてそれを達成しようとしたりしたときに、初めてリーダーとしての自覚が生まれます。
教師はそれをきちんと指導しなくてはいけないのです。

そしてそのためには、最初はきめ細やかな指導が必要です。
そしてその指導が最も有効に作用するのが一年生の最初なのだと思います。

更にルーム長級や班長級のリーダーには、これらの学級の係や当番の活動に対して、計画を立てたり、指示をしたり、評価する権限を与えていきます。
更に練度が増すと班を決めたり、清掃分担などを割り振ったりする権限も与えていきます。修学旅行などのバスの座席を決めることもそうですね。

いわゆる教師の権限の委譲です。

ここで大切にしたいのは活動を生徒任せにしないことです。
班長やルーム長を決めた後に「あとは自分で考えてやれ」と言われても、これはハイレベルな要求です。鍛えられた3年生でどうにかいける程度でしょう。

使命感が育っていないリーダーがいた場合は間違いなく失敗します。
それ以上に、生徒にとって、持ち上げられた後に見放されたような気分だまされたような気分になるかも知れません。
とどめに班や学級で問題がおきたとき、リーダーの責任とかを追及すればもう、その生徒は二度とリーダー的な役割は引き受けなくなります。
決めた後に教師がやり直しを命じても同じで「そんなら最初から先生がやればいいじゃん」となります。

ですから最初は、教師がリーダーの中に入り、教師主導でやりましょう。
リーダーがいわゆる傀儡となってもかまわないと思います。

教師がリーダー生徒にぴったりくっついて、やり方を指導するのです。
山本五十六ではありませんが
  • やって見せ、言って聞かせて、させて見せ、誉めてやらねば、人は動かじ
です。

最初は時間も手間もかかりますが、リーダーへの指導をリーダー以外の生徒も見ています。

教師が明るくてきぱきと指導してくれて 成果が上がれば、リーダーは楽しくなってきます。
そしてやってるうちに、これなら自分もできるなあと感じれば 自信もついてきますし、教師に評価されればうれしいくなるでしょう。
更に相互評価の時間や場面を意図的に設定して同級生から評価されたら、もっと自信がつきますしうれしくなります。いわゆる「振り返り」の活用ですね。

ただし、教師が主導する以上、失敗することは許されません。
そのつもりで気合いを入れていきましょう。

うまく軌道に乗ってきたら、だんだん手を離していくのです。

教師教育ランキング
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リーダーの経験を全員に積ませ、リーダーの何たるかを理解させておきますが、やはりリーダーにふさわしい生徒は必要です。
各学級でルーム長級が1~2名、班長級が6名以上欲しいですね。
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このメンバーが二年生の二学期末には生徒会執行部候補、委員長・副委員長候補として登場します。

長期のスパンで学級経営を見通し、リーダーとなるべき生徒に目星をつけ、ルーム長や班長として育てていくのが学級担任の仕事です。
ただし本当のリーダーは教師に任命されてなるものではありません。クラスの全員がそれを認めなくてはその生徒にとって不幸な結果となります。
そのためにも、全員にリーダーとしての経験を積ませ、リーダーの役割や仕事を理解させておかなくてはいけません。
その上で「誰が自分たちのリーダーとしてふさわしい人間か」を考え、多くの生徒たちから認めらることにより、本当のリーダーが育っていくのだと思います。

リーダーを決める

まず私たちは最初、簡単な活動の中で活動の中心になる生徒に目星をつけます。
しかし、この時点では表面的な目立ち度によるもので、カースト上位の生徒をピックアップしているに過ぎません。
隠者のようにスクールカースト下位層に隠れているリーダー候補生もいます。

リーダーの素質を持つ生徒は優秀です。
活動の意義が理解できていますし、見通しを持って効率よく計画を立てたり、公正・適切に分担ができたり、議論するための文章作成能力や言葉を持っています。

持っていないのは使命感です。

頭がいいだけに、リーダーの大変さを理解し、必要もない苦労はしたくありません。
「別に自分がやらなくてもいいでしょ」と思っているのです。

こういう生徒を引っ張り出すことが担任の使命です。

実際にリーダーの活動をやってみたり、他人の様子を見たりして「あれならやれる」「あれならやりたい」「自分がやらなきゃだめでしょ」と思わせるように、ブルームの「期待説」をフル活用し、その生徒のモチベーションを上げていかなくてはいけません。
全員にリーダーをやらせる意味は、ここにもあります。

リーダーの選出にあたっては、ルーム長級はもちろん、班長級であってもやはり、クラスの全員が納得する必要があります。
自分から進んで立候補するくらいにモチベーションが高まっていればいいのですが、なかなかそうなりません。
その時は本人を直接説得したり、まわりの生徒に説得させたりします。いわゆる根回しです。これは別に悪いことではありません。大人の社会では当たり前にやっていることで、むしろ大人として、教師としてできないことの方が問題があると思います。

もしその生徒が出てこなくても、やる気があったり、ノリが良かったり、使命感がある生徒が立候補で名乗り出るように誘導していきましょう。

とりあえず教師主導の活動にのってくる生徒をリーダーとして活動させるのです。そういう生徒をしっかり指導し、使命感を植え付けていけばよいのです。

大切なのは「教師主導の活動に対して」という点です。
何度も言いましたが、教師はカーストを超越した存在か、最低でもカースト最上位でなくてはいけません。
そしてその地位を得るために私たちは「授業力」を向上させ、有無を言わさなぬ授業の実力を発揮しなくてはいけないのです。

定員より多く立候補があって選挙になると最高ですが、誰もでてこなかったからと言って、選出の際くじ引きやじゃんけんなど、偶然に任せるのは絶対にだめです。
また言うことを聞きそうなおとなしい生徒を生け贄にするような行為は絶対に許してはいけません。裏に「影のボス」でもいたら最悪です。

この一連の活動は、全員にリーダーを経験させるだけでも一ヶ月以内に終わらせなくてはいけません。

一年の年度当初なら、連休前までにリーダーの経験をさせ、同時に本当のリーダーに育つ素質があるのは誰かを見極めるのです。
同時に生徒との信頼関係を高めていくことが必要です。
二年生では一学期中に本当のリーダーを育てておかないと、生徒会長や委員長を選ぶときに悩むことになります。

小学校なら一日中児童と接していますから比較的やり易いのですが、中学校では休み時間や給食・清掃、朝や夕方の学活等が勝負となります。

心していきましょう。


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