十種神宝 学校の基礎・基本

公立の義務教育の学校に永きにわたりお勤めだった稗田先生の、若い先生方への昔語りです。学習指導要領や、それに伴って変わってきた先生たちの意識や授業のことなど、教育現場に起こってきた今や昔のことどもを書き記していきます。

 義務教育の現場に長くお勤めだった稗田先生からお聞きしたことどもを、拙いながらもまとめてみました。
 不易流行という言葉があります。この、教育の"流行"の中から、自分だけの"不易"を見つけていただければ、これに過ぎる慶びはありません。
                                   十種神宝 主人 太安万侶

 このブログで紹介した教材の学習プリントを作成しています。興味のある方はご覧下さい。https://kandakara.booth.pm/

中学国語 授業のヒント

1940年代前半

終戦直前の、敗戦に至る時代です。
小学校は「国民学校」(この時期以前は「尋常小学校」)と呼ばれていました。
教科書等の戦争関連作品といえばこの時代のことです。
「防空壕」「配給切符」「空襲」等がキーワードです。

1945年(S20)の3月に東京大空襲、8月には広島原爆投下、そして9月に降伏文書が調印されます。

この頃に生まれた人は「焼け跡世代」と呼ばれ、現在70歳代です。
images (2)戦後の闇市
更に細かく、太平洋戦争中に小学校に入った39年3月生まれまでを「少国民世代」、
それ以降を「戦中生まれ世代」と呼ぶことがあります。

第二次世界大戦の悲惨さや食糧難を体験した最後の世代であり、
「少国民世代」は終戦とともにそれまでの価値観が一変する大きな変化を体験しました。
一方、「戦中生まれ世代」以降は、まだ物心がついていないので覚えていません。

「焼け跡世代」の特徴としては、
子どもの頃の体験が強烈過ぎて、「日本の文化」「歴史と伝統」「環境や社会秩序」の維持に関心が高い。同時に社会的地位や名声を得たいという価値観も強いと言われています。(意見には個人差があります。)

小学校の教材では
『ちいちゃんのかげおくり』のちいちゃん(1945東京大空襲で死亡)や、
『一つの花』のゆみ子がいます。
中学校の教材では、
『握手』の主人公「私」がこの世代と思われます。

マンガ『ゴルゴ13』の主人公デューク東郷(仮名)と『ゲゲゲの鬼太郎』の主人公鬼太郎がいます。
(ただし、おばけは歳をとりません。)

1940年代後半

日本は復員兵を迎え、空前のベビーブームが訪れました。
これは同時に、戦後の食糧難がピークを迎えたことを意味します。

そして第二次世界大戦終結後の、アメリカとソビエトを中心とする東西冷戦が激化し、
日本はアメリカの補助なしでは生きていくことが難しい時代でした。

1945年(S20)には、日本国憲法が出来ました。

この頃に生まれた人は「団塊の世代」と呼ばれ、現在65~70歳です。

このベビーブームは、段階の世代の人たちばかりでなく、その後の日本に大きな影響を与えます。

1947~1949の三年間になんと806万人が生まれたのです。
団塊の世代の人たちは、生まれた瞬間から同学年間の競争が始まりました。
そして高校生・大学生の頃に学生運動が盛んになります。
政治や社会に関心を持ち、学生運動の推進力になった人たちです。

そして社会に出てからも、人口比率が多いことから、良くも悪くも世間からの注目を浴びてきました。

この世代の特徴としては、自己中心的で自分のことしか考えていないこと、敗戦直後の高度成長などの熱気のある時代を生きてきたために攻撃的な人が多いことがあげられます。
また、子どもの頃からの強い競争心から自己主張が強い人と、多数派に付和雷同しやすい人の両極端に分かれていると言われています。(意見には個人差があります。)
いわゆる「安保闘争」はこの世代の人たちが支えました。

『盆土産』の主人公や『アイスプラネット』に登場するぐうちゃんがこの世代と思われます。

ぐうちゃんの場合は、学生時代いわゆるヒッピーになって、大学卒業後「自分探し」の旅にでも出ていたのではないかと思われます。

同世代の人物として、日本一有名なサラリーマンの島耕作さんがいます。
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文学作品読解は、まず「いつ」「どこ」「だれ」をより早くより正確につかむことです。
入試等に出題される文章のいくつかは、時代背景を知っていることで素早い読解が可能となります。

ここでは、戦後の時代背景について解説します。それぞれの時代に何があったかを知るとともに、登場人物の年齢から、どんな人生を送ってきたのかを推測し、読解に役立てましょう。

戦前

昭和のはじまりと共に、世界的な大恐慌が起こりました。
そして日本の軍部が満州事変を起こし(1931)、国際連盟から脱退(1933)、日中戦争・太平洋戦争(1937~1945)に突入していきます。

光村図書をはじめ、生徒たちは小学校の教材にもこの時代を背景とした作品が載っています。
またお盆にはスタジオジブリの『火垂るの墓』が毎年放送されています。

この頃に生まれた人は「昭和一桁世代」と言われ、現在80歳代です。

この人たちは、29年生まれ以前の前期と、30年生まれ以降の後期に分けられます。

前期は戦地への動員、軍事工場での労働などで戦争に参加した経験があります。
一方後期は学童疎開を経験しています。

この人たちは、50歳代にオイルショックを経験しましたが、
定年のころはバブル景気の最中で、定年後の生活は相当幸せだったと思います。

この世代の特徴としては、
戦争の時代を生き抜いたという自負と、高度成長を支えてきたことから、
非常に上から目線であることがあげらています。(意見には個人差があります。)

代表的な登場人物としては、
『字のない葉書』(2年)の主人公「邦子」や、
『大人になれなかった弟たちに…』(1年)の主人公「ぼく」があげられます。
大人になれなかった弟たちに…_PAGE0002

マンガでは『サザエさん』のフグ田サザエ(旧姓イソノ)がいます。
ルパン三世の銭形警部はこの世代の特長をふまえて設定されていると言われています。
(サザエさんも銭形警部も、ゴルゴ13のように歳をとりませんから、ゲゲゲの鬼太郎と同じですね。)

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test100
動詞で教えることは多くはありません。
しかし、何回やっても、なかなか点数のとれない生徒がいるのも事実です。

学習には、
知らないことを知る段階と、
知っていることができるようになる段階とがあります。

動詞の学習でおさえたいことは、
  • 動詞は終止形がウ音となり、語幹と活用語尾に別れ、活用形により後に続く言葉が決まっている。
  • 活用形は未然・連用・終止・連体・仮定・命令の五種類である。
  • 未然形の「~ない」直前がア音なら五段、イ音なら上一段、エ音なら下一段、「来る」ならカ変、「する」ならサ変である。
  • 五段活用連用形には撥音便、促音便、イ音便及び可能動詞がある。
  • 自動詞と他動詞、可能動詞は似た意味を持っているが、活用の種類が違うので異なる単語である。
  • 述語を問われた場合、補助動詞を答える。
くらいのものだと思います。

しかし「なぜそうなるのか」という問いに答えることはできません。
もし真面目に答えようとするならば、大学以上で年間あるいは半期で講座を組む覚悟がいるでしょう。
「なるものはなる」としか教えようがありません。

しかも文法論はいくつかあって、学校で教えているものは「学校文法」と言われるものです。
大学に行ったら、他の文法論の勉強もしなきゃいけません。(文学部等へ進学したらですけどね。)

高校では古典文法をやりますが、学校文法がどのくらい役に立つかは疑問符がつきます。

なら、やらなきゃいいじゃないか、ということになりますが、
しっかり毎年高校入試に出題される以上、私たちも気合いを入れて教えなくてはいけないわけです。
ですから、2年生の定期テストでは一回につき10点以上の配点で文法問題を出すのですね。

話が少し横にそれました。

大切なことは、
「知っている」状態にしたら、「忘れてしまう」状態になる前に、
「できる」状態にまで高めること。
訓練あるのみなのです。

小学校で九九の学習をするとき、
最初は確かに仕組み等を教えますが、
仕組みがわかった段階で、小学校の先生達はひたすら暗記をさせます。
そうでないと、九九の知識は使い物にはならないからです。
それと同じです。

8割の生徒が、8割以上正解を出せるまで
毎日小テストを繰り返しましょう。

はっきり言って、各校で使っているであろう「文法ノート」等では問題数が少なすぎます。
「文法ノート」のおまけの小プリントではたかが知れています。
しかも、編集方針や難易度が本によってまちまちなのはご存じの通りです。

そこで私はこのような問題を作って、毎時間できるようになるまでやらせました。
また、ネットの中には、フリーの問題もたくさん転がっています。

文法はこのようなものがたくさんあります。
しかも、2年生に集中しています。
計画的に進めていく必要があると思います。

このような問題は、順次UPしていく予定です。
どうぞご利用ください。

入試直前にどうこうしようと思っても、
費用対効果が悪すぎる学習ですからね。

今のうちにしっかり身につけさせてやる必要があると思います。


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「今に生きる言葉」は、中学校最初の漢文の授業です。

指導内容としては、「ア 伝統的な言語文化に関する事項」の
  • 文語のきまりや訓読の仕方を知り、古文や漢文を音読して、古典特有のリズムを味わいながら、古典の世界に触れること。
が中心になると思います。

きちんと取り扱いたいことろですが、2時間扱い(作文も入れて3時間扱い)となっています。
とても厳しい時数です。

そこで、私は、以下のように指導しています

1時間目

最初にあるのが、故事成語の解説文です。
ポイントは「故事成語」の定義です。

教科書には
「中国の古典に由来する言葉」の中で
「歴史的な事実や古くから言い伝えられているたとえ話、エピソードなど、故事を背景にもっているもの」で
「故事から生まれた言葉」とあります。

これをおさえてから、
「推敲」「蛇足」「四面楚歌」や教科書に載っている「漁夫の利」を、生徒の興味関心をひくように話し、
「みんなも故事成語を一つ探し、もとになっている故事と、その言葉の意味を発表できるようにワークシートにまとめておこう。次の次の時間に発表してもらうよ。」と予告します。

「犬も歩けば棒にあたる」とか「アリとキリギリス」とか、
教科書の定義と違う慣用句やことわざを調べてくる生徒もいます。
このようなことのないように、しっかり釘を刺しておくと良いでしょう。

取り扱いに困るのは論語等にある「光陰矢のごとし」のような言葉です。
これらは中国の古典由来ですが、たとえ話やエピソードではないため、故事成語とは言えません。
しかし、ここまでいくと、生徒には見分けがつかないものもありますので、
私はそれでもよしとして、「これは故事成語とは言えないけれど……」と言い添えます。

このようなことを避けるために、
「図書館やネットで『故事成語』にはどんなものがあるか調べるといいよ」とアドバイスしておきます。

2時間目
矛盾1
「矛盾」の指導です。
ここは何度も音読させることで、文語のきまりや訓読の仕方を知り、古文や漢文を音読して、古典特有のリズムを味わいながら、古典の世界に触れさせるのがねらいです。

3時間目

生徒が調べてきた故事成語の発表を行わせます。

発表させながら「白文」と「訓読文」と「書き下し文」の指導を行います。

多くの生徒は、漢字による熟語を探してくるでしょう。
生徒が発表した故事成語に、返り点や送り仮名を付けて訓読文に直し、更に書き下し文にしていくのです。

単元末にある「漢文を読む」というコラムには
  • 漢字のみで書かれた原文(白文という)に送り仮名を補ったり、返り点や句読点を付けたりして、日本語の文章として読めるようにすることを訓読という。訓読のために付けるさまざまな符号をまとめて訓点という。
とあり、更に「送り仮名」「返り点」「句読点」「書き下し文」等の解説が載っています。

ただ読んだだけでは生徒には具体的にイメージできないかも知れません。
そこで、生徒が調べてきた故事成語をもとに、教師がそれを白文に返り点や送り仮名をふって訓読文に直してやり、更に書き下し文にしてみせるのです。

少し慣れてきたら、生徒にチャレンジさせてみてもよいでしょう。

また、これを端緒として、毎時間やる漢字テストで、熟語が出てきたら適宜指導していきます。
これによって、2年生で行う「熟語の構成」がスムーズに学習できること請け合いです。

「今に生きる言葉」の学習プリントを作成しました。
興味のある方はこちらへどうぞ。


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光村の指導書を見ると、
「古今和歌集仮名序」と「君待つと」を合わせて3時間で扱うことになっています。
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おいおい、ちょっと待ってくれ、
そんな短い時間で、教科書の載っている和歌を教えられるわけないじゃん、
と言いたいですね。

そこで、よくある指導は、
生徒に好きな短歌を調べさせ、発表させる、というものです。

しかしこの方法はなかなかうまくいきません。

自分の発表はそれなりにやりますが、人の発表はそんなに真剣に聞かないからです。
もしグループでやらせるとなると、
グループの誰かに任せてしまって、まったくやらない生徒も出てきます。
ダウンロード
一人一人にレポートを出させて、それをまとめようとしても、
この受験に向けて総合テストの対策に忙しいこの時期に、
やってられない、というのが3年生の気持ちでしょう。

私たちだって和歌の学習に何時間もかけてはいられない、というのが本音です。
3年生の気持ちであると思います。

そこで、私はこの単元を次のように指導しています。

1時間目

まず、教科書に載っている和歌を一枚の紙にまとめ、全部すらすら読めるまで音読させます。

次に「歌はもともとシャウト(感情のほとばしり)である」といい、
♡の気持ちがこもっている歌はどれだろう」と問い、一人一人に紙に印をつけさせてから、
グループ毎に話し合わせ、グループとしての見解をまとめさせます。

間違いなく上がるのは額田王「君待つと」、東歌「多摩川に」でしょう。

意見の分かれるのは防人歌「父母が」、大伴家持「春の園」、小野小町「思ひつつ」だと思います。

ここで「♡の歌」と言ったのは、
男女の恋愛を歌った歌と、親子の情愛を詠った歌とをわざとあいまいにするためです。

「♡の歌」に入れても良いものはどれか。なぜそう考えるのか、
これを言わせることを通し、
歌の理解を深めると共に、
生徒なりの「部立て」(和歌の分類)を行わせようというのです。

話し合いを進める中で
「♡は、恋愛の歌と親子の情愛の歌に分かれるんじゃないの?」と生徒は考えます。
出てこなかったら、こちらから言ってしまってもかまいません。

そして

「♡マークは、男女の恋愛の歌と、親子の情愛の歌に分かれたね。
では他の歌は、どのように分類できるか、次の時間までに考えてきてください」

と言って、一時間を終わります。

2時間目

2時間目は、生徒が考えてきた分類に従って分けていきます。

これは、原典に基づいた正式な「部立て」である必要はありません。
大切なことは、和歌で読まれた内容のおおよそを生徒が自力で理解していくことなのです。

和歌が単独で高校入試に出題されることは、あまりないと思います。
出題されるとすれば、歌物語として出題されるでしょう。

そこで、その対策として私は、かつて教科書に載っていた「伊勢物語」で指導をしています。
興味のある方はこちらからどうぞ。

生徒たちは、
  • 景色を詠んだ歌
  • 季節を詠んだ歌
  • ♡マーク以外の人情を詠んだ歌
などを考えてくると思います。
あくまでも生徒が考えたもので良いのです。

その中で、生徒の考える分類に従いながら、

「その通りですね。そこでプチ知識として~」と、正確な知識を与えていきます。

例えば
柿本人麻呂「東の」は実はヨイショの歌だったとか、
山上憶良「憶良らは」は宴会で場を盛り上げるための歌だったとか、
紀貫之「人はいさ」は冗談の言い合いの歌だったとか……。

これをやっていると、1時間などすぐに過ぎてしまいます。

そして最後の一時間は、和歌から連歌、俳諧、俳句に連なる日本文学史の復習と、韻文の技法の復習をやっておしまいにします。

時期的に言うと、
統一模試も佳境に入り、最後の総合テストも間近な時期でしょう。
生徒がなるべく受験に集中できるように、
そして一点でもたくさん点がとれるように指導していくのが功徳だと思います。

「シカの『落ち穂拾い』」の学習プリントを作成しました。
興味のある方はこちらへどうぞ。
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「月に思う」は、きちんと取り扱うかどうかは、学校により違いがあります。
私の場合、次の内容を約1時間でおさえます。

雪月花
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「雪月花」とは、テキストにも書かれている通り、冬の雪、秋の月、春の花のことです。
四季おりおりの自然の美しさ、風雅な眺めをいいます。
日本の自然美ですね。

この言葉は、白居易の詩に由来します。
この詩では「雪月花の時」とあり、それぞれの景物の美しいとき、すなわち四季折々を指す語でした。
そうした折々に、遠く離れた部下のことを思っている、という内容の詩です。

似たような言葉に「花鳥風月」というのがあります。
これも美しい自然の風景や、それを重んじる風流を意味します。

こちらは日本の貴族の遊びからきた言葉です。
「花鳥風月」とは元々貴族が自然の美しい景色を堪能して、それを詩歌に盛り込んでしたためるという風雅な遊びを意味していました。
2年生で習う「扇の的」では、赤色の地に金の日の丸を描いた扇が海に舞い落ちる様子を名所の紅葉に例えて美しさに感動する平家の公達の姿が描かれています。
花鳥風月を和歌に織り込むのが貴族達にブームだったのです。

これが室町時代になり、世阿弥の「風姿花伝」の中に
  • 上職の品々、花鳥風月の事態、いかにもいかにも細かに似すべし
という文があります。
花を愛でて鳥のさえずりに耳を傾けて、自然界の美しい風景に親しむ様子を「花鳥風月」と表したのです。
この「風姿花伝」から「花鳥風月」という言葉が使われ始めたとされています。

「花鳥風月」は、自然の美しいものや風景を意味し、
「雪月花」は、「雪と月と花」から、日本の四季折々により楽しめる美しいものを意味します。
どちらも自然の美しいものを表しているのですが、
「自然界のもの」であるか、「四季折々のもの」であるかという微妙な違いがあります。

ちなみに、宝塚の組は「雪月花」が由来です。(今は星と宙組が加わっています。)

旧暦の八月十五夜の月は中秋の名月

現在八月といえば夏です。私は以下のように指導しています。
  • 「新春」という言葉があるように、昔は1~3月を「春」、4~6月を「夏」、7~9月を「秋」、10~12月を「冬」と言った。
  • だから、8月は「中」の秋で中秋と言う。
  • ただし、実際の季節は今と同じではない。昔の8月は今の9月以降である。年によって違うが、一ヶ月以上ずれている。
  • これは、今の暦が太陽暦と言って太陽の動きをもとに作られたものであり、昔の暦は太陰太陽暦と言って、月の動きをもとにしていたためである。太陰暦では一年間の長さが太陽暦と比べると一年間で11日短くなってしまう。そこで太陽の動きを参考に、季節のずれを閏月というもので修正していた。
  • ちなみに八月十五夜は2019年の場合9月13日にあたる。
生徒に覚えておいて欲しいことは、
古文で春夏秋冬とあっても、今の季節とは少し違うかも知れないということです。
特に俳句の季語は古文の春夏秋冬で言い表しますから、
「こいのぼり」は夏の、「七夕」は秋の季語となります。
季節感としては、今のものと一ヶ月以上離れていると思って間違いありません。
古文を読んで今の何月何日になるかは、ネットなどで調べさせると良いと思います。

時間があれば、十二支と時刻、方位の関係も教えてしまいます。
これは2年生の「扇の的」の「ころは二月十八日の酉の刻ばかりのことなるに~」のところでも扱います。

望月

月の満ち欠けをもとにした太陰暦では、空の月が一番欠けた状態を「朔」(さく)と言い、
この「朔」から約15日たつと満月になり、これを「望」(ぼう)といいました。
朔は「ついたち」とも読みます。
ですからその月の初めが月が一番欠けた状態の日で、15日が「望月」の日となるわけです。

さやけさ
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テキストに「明るくくっきりとしているものに対するすがすがしさ」とあります。
古語辞典には「清く澄んでいること。明るくはっきりしていること。すがすがしいこと。」とあり、「~に対する」と微妙なニュアンスの違いを、筆者は主張しています。

明るくくっきりした月の光は、単なる物理的現象です。
その現象に対して「すがすがしく感ずる」のは自分であり、
それを「自分の心のありよう」と言いたいのだと思います。

自分の心のありよう

「自分の心のありよう」とは、ありのままの自分の心の状態のことです。
雲間から漏れ出た月の光を見てすがすがしい美しさを感ずる素直な気持ちを言います。

そして、例えば「義務教育の-」と言った場合、
「あるべき姿」「理想的なあり方」という意味になります。
月の光を見てすがすがしく感じるのが理想的な気持ちの持ち方である、と主張しているともとれます。

つまり、
「私たちは新たな月の美しさに触れ、それに向かい合ったときの私たち自身の心のありように気づく」
とは、月の光を見て美しいと感じている自分に気がつく、とか、
そう感じる自分は間違ってはいないんだと思っていいことがわかる、という意味になります。

これを詳しく解説しているのが、次の「この歌に歌われているような光景は~」に始まる段落です。

この歌を知らなかったら、同じような景色を見てもそれを美しいと思わないでスルーしてしまうじゃないか、この歌を知っていれば、同じような景色を見て「あ、これは美しい景色なんだ」と気がつくじゃないか、ということです。

そして、このような古典の時代から受け継がれている気持ち(美意識?)は、「私たちがまだ知らない私たち自身の心」で、古文を読んで、「新たな自分」を発見しましょう、と言っているのです。

ここらへんは、読解問題として是非テストに出題したいところですね。

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中学3年の国語に森鴎外の「高瀬舟」という作品が載っています。
images (6)© 日本文学シネマ制作委員会
  • 弟殺しで遠島の刑を受けた罪人・喜助を船で護送する役目を担った同心・羽田庄兵衛は、喜助の様子の常の罪人らしからぬ明るい様子を不思議に思いました。興味を持って話しかけた庄兵衛に喜助が物語ったその話の内容に、庄兵衛は納得すると共に感心の念さえ覚えてしまいます。さらにその犯した罪について話した喜助の身の上は、庄兵衛の心に捉えどころのない、そしてやり場のない思いと疑問を生じさせるものだった、
という話です。

喜助が犯した罪とは、病気を苦にカミソリ自殺を図った弟からカミソリを抜くことで結果的に弟を殺してしまったというものでした。

生徒は、遠島となった喜助に
  •  弟が苦しんでいるのを楽にしようとしてやったのに……
  •  弟に『殺してくれ』と言われて見るに見かねてやったのに……
と、主人公庄兵衛と同じような感想を持ちます。

現在の法律によれば喜助は、
「同意殺人罪により有罪。情状酌量により懲役2年執行猶予1年」の判決になるそうです。

同意殺人罪(刑法202条)は殺人罪の仲間ですが、殺人罪より少し罪が軽く、6ヶ月以上7年以下の懲役又は禁錮となっています。

なぜ殺人罪になるかというと、法律では
弟が死亡したという事実から遡って、その直接原因になったのは何かを考えるからです。

つまり、病気で苦しんでいる人を楽にさせようと首を締めたことにより窒息死したとすれば、
その病気が不治の病であろうと、放っておいても数時間後に死ぬことがわかっていようと、
死因が窒息死である限り、死の結果は首を締めた人がすべてを負わなくてはなりません。

ではそれをそそのかした者はどうなるのでしょう。

殺人の依頼者の場合、
「他人に犯罪を決意させて実行させる」教唆犯(刑法61条)となります。
ダウンロード (6)© さいとうプロ
例えばゴルゴ13に殺人を依頼し、ゴルゴ13が依頼を成功させれば、
依頼者は『殺人罪の教唆犯』になります。

更にヤクザの親分が部下の若い衆に殺人を命令するような場合は
「教唆犯の範囲を超えて、実行犯と同一視できる」とされ、
親分は『共謀共同正犯』(刑法60条)とすることもあります。

これは殺人者と同じ扱いです。

生徒間のいじめも同じことだとおもいます。
まず「いじめ」の事実から順番に遡って、事実を明らかにしていきましょう。

直接手を下した者は
  • 保護者を呼んで状況を説明する
  • 反省文を書かせる
  • ペナルティを科す
等、それぞれの学校の決まりに従い処分すべきです。

そして、いじめをそそのかした者、はやしたてた者も、
すべて共謀共同正犯として直接手を下した者と同様の罪に問われなければならないと思います。

「自分は手を下してはいない」「見ていただけだ」と言っても、
現在の法律では同じように裁かれる、ということを生徒に知らしめなくてはいけません。

そしてこれは、スクールカーストの上位者を裁く手段となります。

未成年の犯罪の場合、
10歳以下では責任能力がないと判断されますが、14歳以上ではあるとされるのが一般的です。
判例では、小学校卒業前後の12歳に境界線がひかれているようです。
中学生ですから、
  • 世の中は君たちに責任能力があると判断している
ことを知らせる必要があるでしょう。

そして未成年者ですから、第一義的には親に監督義務があります。
ですから
  • 学校としては、親に子のしたことを報告しなくてはならない
このことも生徒にしっかり理解させておくと良いと思います。

「いじめ」の事案が起こったら、しっかり状況をつかみ、
法の名の下に正義を示しましょう。

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祗園精舎の鐘の声、
諸行無常の響きあり。
娑羅双樹の花の色、
盛者必衰の理をあらはす。
おごれる人も久しからず、
唯春の夜の夢のごとし。
たけき者も遂にはほろびぬ、
偏に風の前の塵に同じ。

ここで言う「祇園精舎の鐘の声」とは、
祇園精舎の西北の角にあったという無常院の鐘のことを指します。
お釈迦様が、病者に安らかな臨終を迎えさせるための施設です。
ここに居る人が亡くなるとき、自動的に鐘が鳴ったといいます。

この「諸行無常」の考え方は無常観と言います。

平安時代の花鳥風月に代表される自然の美を追究する時代は終わり、
血で血を洗う戦乱の世になりました。

道ばたに死骸がごろごろ転がっていて、
西行法師が小野小町のドクロに会った頃の話です。

そういう時代の中で、人々は死後の世界に救いを求める末法思想が流行りました。
宇治平等院が有名ですね。
ダウンロード (4)
そういう時代の中で育ってきたのが無常観です。

「諸行無常、盛者必衰」という仏教的無常観は
『平家物語』を端緒として、西行の歌や吉田兼好の『徒然草』、「ゆく河の流れは絶えずして、しかも、もとの水にあらず」で始まる鴨長明の『方丈記』など、
その後の日本の中世文学に大きな影響を与えました。

一年生で学習した「いろは歌」もこの流れの中にあります。

「永遠なるもの」を追求し、そこに美を求めたヨーロッパ人とはまったく異なる美意識ですね。

無常観を少しこじらせると世捨て人となり「隠者文学」となります。

更にこれを「幽玄」の世界として表現しようとしたのが「能」でしょう。
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これが禅の教えと融合し千利休の「茶道」に結実します。
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茶の湯の道で求めた「侘び」「寂び」は、連歌の宗祇を経て松尾芭蕉につながります。
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これらの人々は三年生の「おくのほそ道」冒頭に出てきます。
「おくのほそ道」冒頭では、文学史のおさらいをするわけですね。

平家物語冒頭「祇園精舎の鐘の声~」は、おそらく一時間かけて行うのが常だと思います。
一時間ずっと音読・暗誦練習というのも何であうので、この知識を与えるというのもアリだと思います。

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「扇の的」の成功確率

那須与一は、高さ30㎝以上幅50㎝以上の扇の的に、70~80mくらいの距離で命中させていますが、どのくらいの成功確率だったのでしょう。
全日本遠的競技会優勝経験者数名で実験したところ、五分の一の確率で成功したそうです。
また、テレビ番組でも実験したところ、成功しています。
(テレビですから編集したでしょうけどね。)
images (2)
気象条件や弓矢の性能等を考えると、与一は名人には違いありません。
しかしMissyon Impossibleなものではないようです。5回に1回は成功が期待できるのですから。

戦に明け暮れた当時の武士たちの中では、
「弓の名人ならば、運が良ければ命中させることができるかもしれない」
くらいの意識だったのではないでしょうか。

なぜ平家は「扇の的」を挑んだか

『源平盛衰記』によると、

この赤字に金の日の丸の扇は、安徳天皇の父親である高倉院が厳島神社に奉納したものです。
平家が都を追われたとき、厳島神社に立ち寄り、神主から
  • この扇には高倉院の気持ちがこもっていて、これを持っていれば敵が矢を射かけてもUターンして射た人にあたる
と言って渡されました。
そこで、この扇を的にして、平家が勝つか源氏が勝つかの占いをしよう、ということになったのです。
平家は「高倉院のご加護があるので、源氏の矢はあたらない。占いは平家の勝ちとでる」と思ったのでしょう。

そしてもう一つ、この扇は射ることがはばかられる要素がありました。

それは、真ん中に描かれている金の丸です。
これは日輪を表します。
ダウンロード (2)
『源平盛衰記』でも、与一は「日輪が描いてあるので、射るのは畏れおおい」と、日の丸を狙わずに扇の要を狙います。

中国の故事に太陽を射る話がありますが、これは一度に10個も太陽が出たため人々が干ばつに苦しんでのことです。
太陽に対して、単純に「射ることは畏れおおい」と考えただけでしょうか。

赤地に金の日の丸というのは、赤は朝廷の色、金は太陽の象徴とされています。そして太陽神アマテラスの直径の子孫である天皇も、太陽の象徴と考えることができます。
そのため、赤地に金の日の丸のデザインは、後に「錦の御旗」と呼ばれる天皇旗となります。
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この時、平家は安徳天皇を奉じていました。
一方、後白河法皇は安徳天皇の弟、後鳥羽天皇を立てましたが、彼は天皇の継承に必要な三種の神器は持っていませんでした。

平家には三種の神器を持つ安徳天皇こそが正統な天皇であるという思いが強かったのではないでしょうか。

そして、天皇の象徴とも見える赤字に金の日の丸の扇を出し、
「三種の神器を所持する正当な正統な天皇に『弓を引く(反逆する)』つもりか」
と、源氏を挑発しようとしたのかもしれません。

これを察した弓の名人の上級武士達は「扇を射よ」という義経の命令を断り、
一番下っ端の那須与一にお鉢がまわってきたのかもしれません。

ちなみに、歴史上最初に「錦の御旗」を使ったのは、くだんの後鳥羽上皇です。
時の執権北条氏に反旗を翻した承久の乱で用いました。

何か因縁めいていますね。

平家は何に感動したのか

 『源平盛衰記』では、与一が扇を射た後、扇をセットした女房、玉虫の前が次の歌を詠んでいます。

  • 時ならぬ花や紅葉をみつるかな芳野初瀬の麓ならねど(その季節でもないのに、桜の花や紅葉の舞い落ちる様子をみたことだ。ここは桜や紅葉の名所の芳野や初瀬の山の麓でもないのに。)

  与一は、扇の要の少し上を射切りました。童謡『紅葉』ではありませんが、
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  •  溪(たに)の流に散り浮くもみじ/波にゆられて はなれて寄って/赤や黄色の色さまざまに/水の上にも織る錦(にしき)

 と、錦地に金の扇が要の部分を射切られて海に舞い落ちる姿を紅葉に見立てたのでしょう。


見立て遊びは、平安貴族の基礎的素養です。どっぷりと貴族化してしまった平家の特徴がよくあらわれています。

なぜ平家の男は射殺されたのか


 『源平盛衰記』には、次のように書かれています。

  • 平家の男が舞を舞ったとき、源氏の中で「射殺すべし」と「射てはならない」という二つの意見がありました。「あんなに感動している者を射るのはいかがか。だいたい与一は的にあてるほどの技量であるので、殺してしまうことになる。」というのが「射てはならない」という理由です。一方「与一は扇に当てはしたが敵を倒したわけではない。まぐれ当たりと言われても面白くない。」というのが「射殺すべし」の理由です。そしてすったもんだの末、「情けは一時の感情だ。今は一人でも敵を倒すことが大切だ。」ということに決まり、射ることになりました。

そういうことで、やりきった感満載のドヤ顔をして帰ってきた与一は、また海の中へ行かされることになったのです。

ですから最後の部分の「あ射たり」も「情けなし」も、『源平盛衰記』では源氏の言葉として書かれています。


「敵を一人でも多く殺すことが戦である」
と考えた源氏は、貴族化した平家と違い、徹底したリアリストですね。

まあ、だいたい那須与一自身、実在したかどうか疑わしい文学的文章ですから、本当はどうだったかは、それこそいろいろな解釈ができると思います。
迂闊に定期テストに出題しないことをおすすめします。

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7e6d568f良寛
「いろは歌」は「音読に親しもう」とある通り、

○ア 伝統的な言語文化に関する事項
  • 文語のきまりや訓読の仕方を知り、古文や漢文を音読して、古典特有のリズムを味わいながら、古典の世界に触れること。(ア)
をねらいとする教材です。

ポイントは「文語のきまり」「音読」「リズムを味わい」です。
だからと言って、一時間「いろはにほへと」と音読をさせていたのでは、江戸時代の寺子屋以下の指導です。

この教材は、
これから三年間学習する古文のスタートとしての意味を持っています。

三年間の古文学習のゴールに待っているのは高校入試でしょう。
高校入試では、以下の問題が出題されます。
  • 現代仮名遣いに直す
  • 古語の意味を答える
  • 主語を補う
  • 助詞等を補う
  • 会話文を問う
  • 主題や大意を問う
  • 説明的文章との関連問題
この高校入試につながる古文のスタートして
「いろは歌」で特におさえたい内容は
音読することを通して、
  1. 古文は歴史的仮名遣いで書かれているが、読むときは現代仮名遣いに直して読まなくてはいけないこと……この力をみるために「現代仮名遣いに直し、すべてひらがなで書け」という問題があります。
  2. 古語は、現代語にはもうなくなってしまった語や、現代語で使っていても意味が違う語があること
を強く意識させることだと思います。

導入 「いろは歌」言えるかな

まず、いろはかるたについて生徒の注意を向けます。
「犬も歩けば……?」「論より……?」と問いかけ、
「これ、何かるた?」と問いかけます。

「いろはかるた」は江戸、大坂、京都と微妙に異なりますから、その地方のものになるように注意すると良いですね。(このことは過去の全国学調でも出題されました。)

「この『いろは』って、全部言えるかな?」と問い、
生徒の答えに従って全文を板書します。

いろはにほへと ちりぬるを
わかよたれそ つねならむ
うゐのおくやま けふこへて
あさきゆめみし ゑひもせす

展開1 現代仮名遣いで「いろは歌」を読もう

「いろは歌」を古文として、内容が理解できるようにアクセントやイントネーションをはっきりさせて範読します。

いろ にオエド、ちりぬるを。
よ たれ、つねなら
の おくやま、キョウ
あさき ゆめみエイもせ

ここで意味を問うても生徒は答えられませんから
「なんとなくわかるような気がしますね」程度に抑え、
「どこが違った?」と問います。
  • 「は」はワと読む……これは現代語と同じです。(古語の名残り)
  • 違う読み方をするものがある。
  • 「ゐ」「ゑ」はイ、エと読む。(ワ行音のイ音とエ音です 戦前まで使われていました)
  • 「けふ」は「今日(キョウ)」と読む。
答えられなければ、黒板を示しながらもう一度範読します。
すると、読み方が違うことに気づきます。

そして古文の「歴史的仮名遣い」と「現代仮名遣い」について説明します。
そして
  • すらすら読めるかどうかを見るために、テストでは「きちんと読めるかどうか見るために、ひらがなで現代仮名遣いを書かせる」から、何回も音読して体で覚えよう
と言い、教科書を開かせて現代仮名遣いに直す箇所をチェックさせます。

展開2 「いろは歌」の意味を知ろう

更に「教科書の下にあるように、漢字仮名交じり文で書くと、更になんとなくわかりますね。」と言って範読します。

しかし教科書の現代語訳だけでは、生徒は何を言っているのかわかりません

書かれている内容の細かな解釈は諸説があるので、
教科書には載せられなかったのでしょう。

そこで教師の側から説明します。

色はにほへど
 色は匂うように美しく照り映えていても
散りぬるを
 いつかは(花は)散ってしまう
我が世たれぞ
 私たち この世の誰が
常ならむ
 永久に変化しないでいることができようか(いつかは死んでしまう)
有為の奥山
 いろいろなことがある(人生の)深い山を
今日越えて
 今日も越えて(いくのだが)
浅き夢見じ
 浅い夢など見ることはしない
酔ひもせず
 心を惑わされもしない

「色」は「色即是空」の「色」で、
形あるもの、認識の対象となる物質的存在の総称です。

仏教では、万物の本質は実態のない空しいものであり(色即是空)、
空であることがこの世のすべての事象を成立させる道理である(空即是色)と教えています。

これは生徒には少し難しいので
  • 今匂うように咲き誇っている桜の花も、必ず散ってしまう定めにある
くらいに訳しておいてよいでしょう。
ただし「色は」ではなく「色葉」であり、桜と紅葉のことを指しているという説もあります。

「常」は恒常不変の「常」です。世の中誰でも永久に生き続けることはできません。

「有為」は因縁によって起きる一切の事物のことです。
世の中の全ての現象は因果関係によって成り立っています。
複雑に絡み合って発生している無常の現世を、どこまでも続く深山に喩えたものです。

最後の二行を
  • 有為の奥山今日越えて   (迷い多く悲しい奥山を越えて行こう)
  • 浅き夢見じ酔いもせず   (人生の儚い栄華に酔わないように)
と訳すこともできます。
「いろは歌」には「こう訳す」という定説がないのです。

この意味を押さえてから、もう一度「いろは歌」を音読させます。

当然歴史的仮名遣いを現代仮名遣いに直した読み方です。
これを暗誦させるのです。

旧仮名遣いの「いろは歌」を暗誦させても、今後の古文学習にはつながりません

意味がわかれば正しく音読できる……音読することで意味がよりはっきりわかる
これが中学校における古文の学習の基本だと思います。

「読書百遍意自ら通ず」ですね。

終末 古文を読んで気づいたこと
  • 書いてある旧仮名遣いではなく現代仮名遣いに直すことが大切だとわかった。
  • 何回も音読すると、古文の意味がわかってくる。音読を一生懸命やりたい。
等に気づいていれば十分だと思います。

時間が余ったら 1

「いろは歌」の全く異なる解釈について教えてあげましょう。

「金光明最勝王経音義』(こんこうみょうさいしょうおうきょうおんぎ)(承曆3、1079)という仏教の解説書の冒頭に「いろは歌」が載っています。この「いろは歌」は7音で区切られています。

 いろはにほへ
 ちりぬるをわ
 よたれそつね
 らむうゐのお
 やまけふこえ
 あさきゆめみ
 ゑひもせ

それぞれの行の下の文字だけを読むと
  • とかなくてしす(咎なくて死す)
つまり「罪がないまま死ぬ」となります。

このことは昔から知られていて、江戸時代の国語辞書にも記されていたそうです。

そのため、当時の学者には
「忌まわしい言葉が含まれているのはよくない」
「子どもの手習いには『あいうえお』を教えるべきで『いろは歌』を教えても良いことはない」
と考える人もいました。

『いろは歌』は作者不明ですが、この説に立つ場合は、
藤原氏に左遷され憤死した菅原道真や
刑死したとされる柿本人麻呂が作者ではないかと考える人もいるようです。

時間が余ったら 2

平成25年度の全国学調国語B問題をやらせるのも一興かも知れません。

ここれは「いろはかるた」に関する説明的文章の読解問題になっています。



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