十種神宝 学校の基礎・基本

公立の義務教育の学校に永きにわたりお勤めだった稗田先生の、若い先生方への昔語りです。学習指導要領や、それに伴って変わってきた先生たちの意識や授業のことなど、教育現場に起こってきた今や昔のことどもを書き記していきます。

 義務教育の現場に長くお勤めだった稗田先生からお聞きしたことどもを、拙いながらもまとめてみました。
 不易流行という言葉があります。この、教育の"流行"の中から、自分だけの"不易"を見つけていただければ、これに過ぎる慶びはありません。
                                   十種神宝 主人 太安万侶

 このブログで紹介した教材の学習プリントを作成しています。興味のある方はご覧下さい。https://kandakara.booth.pm/

文学的文章

1940年代前半

終戦直前の、敗戦に至る時代です。
小学校は「国民学校」(この時期以前は「尋常小学校」)と呼ばれていました。
教科書等の戦争関連作品といえばこの時代のことです。
「防空壕」「配給切符」「空襲」等がキーワードです。

1945年(S20)の3月に東京大空襲、8月には広島原爆投下、そして9月に降伏文書が調印されます。

この頃に生まれた人は「焼け跡世代」と呼ばれ、現在70歳代です。
images (2)戦後の闇市
更に細かく、太平洋戦争中に小学校に入った39年3月生まれまでを「少国民世代」、
それ以降を「戦中生まれ世代」と呼ぶことがあります。

第二次世界大戦の悲惨さや食糧難を体験した最後の世代であり、
「少国民世代」は終戦とともにそれまでの価値観が一変する大きな変化を体験しました。
一方、「戦中生まれ世代」以降は、まだ物心がついていないので覚えていません。

「焼け跡世代」の特徴としては、
子どもの頃の体験が強烈過ぎて、「日本の文化」「歴史と伝統」「環境や社会秩序」の維持に関心が高い。同時に社会的地位や名声を得たいという価値観も強いと言われています。(意見には個人差があります。)

小学校の教材では
『ちいちゃんのかげおくり』のちいちゃん(1945東京大空襲で死亡)や、
『一つの花』のゆみ子がいます。
中学校の教材では、
『握手』の主人公「私」がこの世代と思われます。

マンガ『ゴルゴ13』の主人公デューク東郷(仮名)と『ゲゲゲの鬼太郎』の主人公鬼太郎がいます。
(ただし、おばけは歳をとりません。)

1940年代後半

日本は復員兵を迎え、空前のベビーブームが訪れました。
これは同時に、戦後の食糧難がピークを迎えたことを意味します。

そして第二次世界大戦終結後の、アメリカとソビエトを中心とする東西冷戦が激化し、
日本はアメリカの補助なしでは生きていくことが難しい時代でした。

1945年(S20)には、日本国憲法が出来ました。

この頃に生まれた人は「団塊の世代」と呼ばれ、現在65~70歳です。

このベビーブームは、段階の世代の人たちばかりでなく、その後の日本に大きな影響を与えます。

1947~1949の三年間になんと806万人が生まれたのです。
団塊の世代の人たちは、生まれた瞬間から同学年間の競争が始まりました。
そして高校生・大学生の頃に学生運動が盛んになります。
政治や社会に関心を持ち、学生運動の推進力になった人たちです。

そして社会に出てからも、人口比率が多いことから、良くも悪くも世間からの注目を浴びてきました。

この世代の特徴としては、自己中心的で自分のことしか考えていないこと、敗戦直後の高度成長などの熱気のある時代を生きてきたために攻撃的な人が多いことがあげられます。
また、子どもの頃からの強い競争心から自己主張が強い人と、多数派に付和雷同しやすい人の両極端に分かれていると言われています。(意見には個人差があります。)
いわゆる「安保闘争」はこの世代の人たちが支えました。

『盆土産』の主人公や『アイスプラネット』に登場するぐうちゃんがこの世代と思われます。

ぐうちゃんの場合は、学生時代いわゆるヒッピーになって、大学卒業後「自分探し」の旅にでも出ていたのではないかと思われます。

同世代の人物として、日本一有名なサラリーマンの島耕作さんがいます。
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文学作品読解は、まず「いつ」「どこ」「だれ」をより早くより正確につかむことです。
入試等に出題される文章のいくつかは、時代背景を知っていることで素早い読解が可能となります。

ここでは、戦後の時代背景について解説します。それぞれの時代に何があったかを知るとともに、登場人物の年齢から、どんな人生を送ってきたのかを推測し、読解に役立てましょう。

戦前

昭和のはじまりと共に、世界的な大恐慌が起こりました。
そして日本の軍部が満州事変を起こし(1931)、国際連盟から脱退(1933)、日中戦争・太平洋戦争(1937~1945)に突入していきます。

光村図書をはじめ、生徒たちは小学校の教材にもこの時代を背景とした作品が載っています。
またお盆にはスタジオジブリの『火垂るの墓』が毎年放送されています。

この頃に生まれた人は「昭和一桁世代」と言われ、現在80歳代です。

この人たちは、29年生まれ以前の前期と、30年生まれ以降の後期に分けられます。

前期は戦地への動員、軍事工場での労働などで戦争に参加した経験があります。
一方後期は学童疎開を経験しています。

この人たちは、50歳代にオイルショックを経験しましたが、
定年のころはバブル景気の最中で、定年後の生活は相当幸せだったと思います。

この世代の特徴としては、
戦争の時代を生き抜いたという自負と、高度成長を支えてきたことから、
非常に上から目線であることがあげらています。(意見には個人差があります。)

代表的な登場人物としては、
『字のない葉書』(2年)の主人公「邦子」や、
『大人になれなかった弟たちに…』(1年)の主人公「ぼく」があげられます。
大人になれなかった弟たちに…_PAGE0002

マンガでは『サザエさん』のフグ田サザエ(旧姓イソノ)がいます。
ルパン三世の銭形警部はこの世代の特長をふまえて設定されていると言われています。
(サザエさんも銭形警部も、ゴルゴ13のように歳をとりませんから、ゲゲゲの鬼太郎と同じですね。)

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photo0jpg魯迅の故郷 紹興の風景
前回の続きです。

第4時 ルントウに会う


 前時までに学習した内容をまとめると、以下のようになります。

 「私」が「望」んでいるのは「美しい故郷」であり、
 現実の風景や状況は「美しい故郷」を見失っている状態(失望)であること。

 「美しい故郷」の象徴は「小英雄」ルントウであり、
 「私」は「美しい故郷」を見失いはしたが、まだ探し求めていること。

 あと2時間で、単元を終わらせるにはどうしたらよいでしょうか。

学習問題
  • ルントウに会い、「美しい故郷」を求めた「私」はどうなったのだろう。
 答えは「絶望」です。

 しかし、これをストレートに考えさせたのでは、国語の力がついたとは言えません。

 生徒は、ルントウと会って絶望に変わったのだろうということはわかりますが、
 具体的に叙述から考えているのではなく、展開から予想している場合が多いからです。

 そこで、しっかりと叙述に返すために、
  • 「私」の気持ちに大きな変化が起きたのはいつか。その理由はなぜか。
  • その結果「失望」はどう変わったか。
という学習課題を提示します。
  • 私は身震いしたらしかった。悲しむべき厚い壁が、二人の間を隔ててしまったのを感じた。私は口がきけなかった。
 「身震いした」瞬間が「いつ」の答えです。
 理由は「悲しむべき厚い壁が、二人の間を隔ててしまったのを感じた」からです。
 その結果「私」は「絶望」しました。

 範囲が広いので、「身震いした」を見つけるのには少し時間がかかるでしょう。

 生徒はいくつかの叙述を挙げてきます。
 発表させて「心理の変化は行動によって記述される」ことを思い出させ、
 心理の変化した瞬間の叙述を考えさせます。

 「悲しむべき厚い壁が、二人の間を隔ててしまった」という思いはルントウも同じです。

 ルントウも「喜びと寂しさの色が顔に現れた」とあります。
 「唇が動いたが、声にはならなかった」とありますが、何と言おうと迷ったのでしょうか。
 「最後に」とありますから、「旦那様!」と言う前に、間があったと思います。

 (その時「私」が先に「ルンちゃん」と言っていれば話が変わったかもね。惜しかったね。)

 故郷の寂しい風景や苦しい経済状況、
 社会情勢の悪化とともに変わってしまったヤンおばさん
 ……これらに失望していた「私」です。

 「私」にとっての小英雄たるルントウは「美しい故郷」との唯一のつながりで、
 「兄弟の仲」でいて欲しかったのだと思います。
 そのルントウから「身分の差」という因習によって拒絶されてしまったのです。

 既に清は滅亡していましたが、意識の上ではまだ「身分の差」というものが残っていました。
 明治時代に入っても、士族が歩けば道を譲る、ということがあったようです。それと同じですね。
 これは「経済力の差」「教養の差」等に言い換え、それらを全部ひっくるめたものが世襲的に受け継がれているのだと思えば良いでしょうか。

 ルントウは、「兄弟の仲」よりも、身分の差による「他人行儀」を選んだのですね。

 「私」は、小英雄から拒否され、絶縁状を突きつけられたように感じたのでしょう。

 今まで見失っていただけの「美しい故郷」が、
 ここではっきり、現実には存在しないことを悟り「絶望」するのです。

ヤンおばさんの取り扱い

 ヤンおばさんは、当時の時代背景を象徴する存在です。
359b033b5bb5c9ea2ef92405df39b6003bf3b3c9杨二嫂(ヤンおばさん)
 昔は豆腐屋小町と呼ばれていましたが、今はその美貌はすっかり変わってしまった。
 「私」は美人だった頃のヤンおばさんがどういう性格だったか覚えていません。
 しかし現在ヤンおばさんは、私のことを金持ちと決めつけて酷いことを言う、嫌な性格として描かれています。
 しかも、引っ越し作業の中で、人の家のものを勝手に盗んでいきます。

 最後の場面で、
  • 他の人のように、やけを起こして野放図に走る生活を共にすることも願わない(也不愿意都如别人的辛苦恣睢而生活)
と書いてあります。
 他の箇所は「私のように」「ルントウのように」と限定していますが、
 ここだけは「他の人のように」とヤンおばさんには限定していません。

 貧しさによって道徳や倫理等を失ってしまったたくさんの人々を表していると読めます。
 当時の中国の経済格差や身分慣習を象徴する存在がヤンおばさんなのでしょう。

 これを扱っていると、字数オーバーになることが考えられます。
 クラスの実態によって、取り扱うかどうかは悩むところですが、
 物語の本筋とは離れた枝葉の部分ですから、軽く触れる程度で十分だと思います。
ダウンロード (8)現代の豆腐屋小町「西施ちゃん」

第5時 故郷に別れを告げる場面


学習問題
  • 「故郷」で作者が伝えたかったものは何か考え、書こう。
 これを解く手がかりは、次の叙述です。
  • 思うに希望とは、もともとあるものともいえぬし、ないものともいえない。それは地上の道のようなものである。もともと地上には道はない。歩く人が多くなれば、それが道になるのだ
 この叙述から、以下のことがわかります。
  • 「地上の道」=「希望」=「あるものともいえぬし、ないものともいえない」
 「希望」は、現在は存在しないが「歩く人が多くなれば」存在する、というわけです。

 この直前の部分は、以下のものです。
  • まどろみかけた私の目に、海辺の広い緑の砂地が浮かんでくる。その上の紺碧の空には、金色の丸い月が懸かっている。
 これは小英雄のいない「美しい故郷」の風景です。
 「金色の丸い月」が浮かんでいるだけです。
ダウンロード (6)
  • 「金色の丸い月」を目指してみんなで道を進んでいこう
というのでしょう。

 「金色の丸い月」は、
 「美しい故郷」の代わりに「私」が見ようとしたもので、
 人々が「互いに隔絶することのない」「新しい生活」の象徴です。

 「新しい生活」は、神話時代でもない限り、現在に至るまで地上に実現することがなかった理想郷でしょう。
 ですから「金色の月」と同じく、手の届かないところにあるものです。
 いくら「金色の月」を目指して「地上の道」を歩いていっても、そこにたどり着くことはありえません。

 だから「地上の道」は
 人工的に作られた「偶像」であり、
 実現する可能性が「希」なものであり、
 それでも求めて止まないから「希望」なのです。

 たとえそれが実現する可能性がほとんどないとしても、
 私たちは理想を目指すことを忘れてしまってはいけない

 ……それが故郷との別れの場面の主題だったのではないかと思います。

 これを教師が説明するのは簡単で、10分程度で終わります。

 しかし、
  • これにどう気づかせるか、
  • 考えた結果をどう文にまとめさせるか、
国語としての授業です。
  • 学習問題を据えるのに5分、
  • 手がかりとなる叙述を挙げさせるのに10~15分、
  • これらの中から「地上の道」「希望」「金色の丸い月」「偶像」「新しい生活」というキーワードを抽出するのに5~10分、
  • キーワードを使って文または文章にまとめる作業で10分、
  • 残りは発表と振り返りの時間で1時間が終わります。
 こんな流れでしょうか。

 単元を通しての山場となりますので、
 先生の「講義」ではなく、生徒が主体的に活動する「授業」を成立させましょう。

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指導事項
 「故郷」は、すべての教科書に載っているスーパー教材です。
 光村図書によれば、この教材の指導事項は次の内容です。
  • ア 文脈の中における語句の効果的な使い方など、表現上の工夫に注意して読むこと。
  • イ 文章の論理の展開の仕方、場面や登場人物の設定の仕方をとらえ、内容の理解に役立てること。
  • ウ 文章を読み比べるなどして、構成や展開、表現の仕方について評価すること。
  • エ 文章を読んで人間、社会、自然などについて考え、自分の意見をもつこと。
 短編とはいえ、この作品を丁寧に取り扱うには、5時間という時間はそうとうキツいものです。
 しかし3年生にとってダラダラした授業は、文化祭や総合テスト・進路のことを考えるとつらいものがあります。
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 そこで、「故郷」を通じて何を追究するのかを生徒に明示し、毎時間のねらいを明確にしてメリハリのある授業を進めなくてはいけません。

単元展開のめやす
「故郷」は、6つの大きな段落から成り立っています。
  1. 帰郷の船の中(1日目)
  2. 帰宅して(2日目)
  3. ルントウに関する子供の頃の思い出
  4. ヤンおばさん
  5. ルントウの来訪(前項の4~5日後)
  6. 旅立ちの日(前項の9日後)
 これを「失望」「絶望」「希望」の三つに分けると、次のようになります。
  • 1は「美しい故郷」に対する現実の風景や状況に「失望」を感じる部分。
  • 2と3はルントウに象徴される「美しい故郷」のイメージを語る部分。
  • 4と5は、現実の人の姿を見て「絶望」する部分。
  • 6はホンルの言葉をきっかけに「希望」を語る部分。
 これらの読み取りは、主に指導事項のア・イ・ウにあたります。(ウは少し苦しいかな?)

 これでおそらく3~4時間はかかってしまいます。
 最後の「エ 文章を読んで人間、社会、自然などについて考え、自分の意見をもつこと。」で1時間。合計5時間の単元展開を目指します。

第1時 全文通読と学習問題を考える
主にやること
  • 疑問に思うところに線を引きながら聞こう」と全文を範読する。
  • 「疑問に思うところ」をノート・ワークシートに書かせ、発表させる。

 「故郷」は8,300字以上。範読するだけで30分はかかります。
 全文通読してから初発の感想をまとめさせると、それだけで1時間が終わります。すると学習問題を設定するのに更に時間をとられます。
 そこで疑問点のみ挙げさせて次時につなげます。
ダウンロード (7)アナグマ=チャーのモデル?
 生徒が考える疑問は、
 「チャーとはどのような動物か」等の素朴な疑問の他に、
 多くの生徒は最後の「希望」や「地上の道」に関わるところに疑問を持ちます。

 「希望」という単語が出た時点で「希望ってどういうことかわかりますか」と問い、「望」の字義を説明します。
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  • 「私」は、つま先立ちしてまで、何を見ようとしているのだろう。
という問いかけが、単元展開のポイントとなります。

 ただ無作為に指名していたのでは1時間にはおさまりません。
 机間巡視をしながら指名計画をたて、
 テキストのそれぞれの箇所からある程度満遍なく出させて、
  • 次の時間は、最初の部分の疑問を解決していこう
と締めくくります。

第2時 最初~母との会話にルントウが出てくるまで
学習問題
  • 「私」は故郷に帰ってきて、どんな思いを持ったのだろう。「望」の字を使って端的に説明しよう。
 この問題の答えは「失望」です。

 「失望」以外に、絶望、願望などが出てくると思います。「寂寥」や「やるせない」等の言葉をしっかりおさえると、これらは必ずしもあてはまらないことがわかると思います。
 「寂寥」や「やるせない」の意味がしっかりわかっていない生徒が多いと思いますから、しっかり説明させましょう。
 
 「なぜ引っ越しをしなければならなくなったのだろう」という疑問には、歴史的な知識が必要です。こちらから説明してあげます。 

 この流れの中で、特におさえておきたいのは、次の叙述です。
  • その美しさを思い浮かべ、その長所を言葉に表そうとすると、しかし、その影はかき消され、言葉は失われてしまう。
 これが出てくるように、生徒の発言をつかまえて、うまく問い返しをしてあげます。
  •  私の覚えている故郷は、まるでこんなふうではなかった。私の故郷は、もっとずっとよかった。
とあるように、現実の情景描写に描かれる故郷の風景や、「この家が持ち主を変えるほかなかった」現在の境遇に「失望」するのです。そして、
  • もともと故郷はこんなふうなのだ──進歩もないかわりに、私が感じるような寂寥もありはしない。そう感じるのは、自分の心境が変わっただけだ。
と納得しようとします。そして最後に
  • 「私」が思い描いていた「もっとずっとよかった」故郷とは、どんな故郷なのでしょう。
と締めくくり、次時につなげます。

第3時 ルントウの思い出
学習問題
  • 「私」にとってルントウとはどのような人物だったのだろう
 ルントウの属性は、次のようなものです。
  • 「同じ年頃なこと」
  • 「私たちは仲良くなった」こと
  • 「ルントウの心は神秘の宝庫」であること
  • ルントウとの思い出がよみがえることで「私はやっと美しい故郷を見た思いがした」こと。
 「私」は、ルントウの名前を聞いた瞬間、次の情景を思い浮かべます。
  • 紺碧の空に、金色の丸い月が懸かっている。その下は海辺の砂地で、見渡すかぎり緑のすいかが植わっている。その真ん中に、十一、二歳の少年が、銀の首輪をつるし、鉄の刺叉を手にして立っている。
 この情景描写は、「希望」部分にも登場する情景描写と重なる部分が多く、「私」が求めたもの=作品の主題を解く伏線ですから、図示する等してしっかりおさえておく必要があります。

 以上のことから、学習問題に対する答えは「ルントウ=小英雄は「美しい故郷」の象徴的な存在」ということになります。

 「『チャー』とはどんな動物だろう」等を初めとする様々な素朴な疑問が出てくるところです。
 この素朴な疑問は「私」の気持ちと同じものです。しかし、いちいちこれを考えたり説明したりすると、いくら時間があっても足りません。図鑑的な知識は、プリントのして配布してしまってもかまわないと思います。
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  • 「高い塀に囲まれた中庭から四角な空を眺めている」
 これは四合院と呼ばれる中国の建築様式です。魯迅はこの四合院が好きだったのでしょうか、北京に引っ越した先でも四合院に住んでいます。
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「希望」とは

 辞書的には「こうなればよい、なってほしいと願うこと。また、その事柄の内容。」「望みどおりになるだろうというよい見通し。」とあります。
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 文化祭でよく歌われる合唱曲でも「希望」というフレーズはとても明るい前向きな意味として使われることが多いようです。
 生徒も「希望」という語には、明るい前向きなイメージを抱いています。
 この作品の場合、本当にそのような前向きのイメージでとらえてよいのでしょうか。

 「」は、もとは「朢」と書いたそうです。
 「月」はそのまま月を、「壬」は人がつま先立ちをしている様子を表現しています。
 後に「臣」は「ボウ」の読み方を表す「亡」に置き換えられて現在の形になりました。

 ですから、望の原字は「臣(目の形)+人が伸びあがって立つさま」の会意文字です。
 それに月と音符の亡(ボウモウ)を加えたものが「望」という字になり、遠くの月を待ちのぞむさまを示しています。
 そこで「望」という字には、ない物を求め、見えない所を見ようとする意も含まれるようになりました。

 ルントウのことを回想するシーンと最後の故郷を離れるシーンに、次のような叙述があります。
  • 紺碧の空に、金色の丸い月が懸かっている。
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 主人公は、「望」の字の中にある、遠くに浮かんだ「金色の丸い月」を、伸び上がって待ち望んでいるのでしょうか。

 「」は、目を細かく織った布を表す会意文字です。
 目を細かく織った布は隙間がほとんどないことから「まれ」であることを意味します。
 「希み」は、めったにないことをこいねがうことから派生した意味です。

 ですから、「希」+「望」は、「ほとんどないことを求める気持ち」となります。

 この「希望」という言葉は、故郷から旅立つ場面に出ていきます。
  • 希望という考えが浮かんだので、私はどきっとした。
 この部分は、初発の感想で多くの生徒の印象に残っているフレーズです。
 原文でも「我想到希望」となっていますから、訳した際に使われた言葉ではありません。
 作者自身が積極的に「希望」という単語を使っていることがわかります。

 「希望」という言葉には、実現する可能性がほとんどない、激レアな理想の世界を、それでも待ち望まずにはいられないという気持ちが込められている、と考えられます。

 生徒が抱く明るい前向きな「希望」のイメージとは少し違いますね。

三つの「望」

 最後の「希望」に至る以前に、主人公は三つの「望」を味わいます。
 「失望」と「絶望」です。

 まず最初の場面で、「美しい故郷」を思い描いて帰省した主人公は、現実の故郷の姿に触れ「失望」します。
 そしてかつてのルントウの姿を回想する場面で、「金色の丸い月」の下に広がるスイカ畑に立つルントウ=小英雄の姿に「私はやっと美しい故郷を見た思いがした」と感じます。

 しかし現実のルントウの姿を見、「旦那様……」という言葉を聞いた瞬間、
  • 私は身震いしたらしかった。悲しむべき厚い壁が、二人の間を隔ててしまったのを感じた。私は口がきけなかった。
と「美しい故郷」の象徴だったルントウに「絶望」するのです。

 そして最後の場面で甥の言葉を聞き、冒頭のスイカ畑を連想します。
 しかしそこに小英雄の姿はなく「金色の丸い月が懸かっている」だけです。

 主人公が作品を通して思い描いていた「美しい故郷」とは「望」の字に含まれている月だったのかもしれません。

 理想の世界である「美しい故郷」「新しい生活」などというものが本当にあるのかないのか、それは誰にもわかりません。たとえて言えば「金色の丸い月」のようなものだと言えます。

 「金色の丸い月」は当然、「手に入りにくい」もので「偶像」のようなものです。

 ですから「地上の道」を、どんなに歩いて行っても月にたどり着くことはできません。

 しかし、月に向かって歩こうとしなければ、理想を見失い、理想を待ち焦がれることもなくなってしまいます
 だから「歩く人が多くなれば、それが道にな」り、更に「美しい故郷」や「新しい世界」に向かって歩いて行くことができるようになるのだ、と言いたかったのではないでしょうか。
故郷の背景_PAGE0006


国語科教育ランキング
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 文学的文章読解のポイントとして「いつ」「どこ」「だれ」をまず明らかにする、というのがあります。
ダウンロード
 「故郷」が発表されたのは1921年。その前年に作者魯迅は紹興に帰省していますから、その時のことがモデルになっているのかもしれません。

 1920年代といえば、第一次世界大戦後の世界恐慌から戦争の足音が聞こえ始めた時代。
 中国では植民地化が進み軍閥が跋扈していた時代です。

 生徒たちは、社会で一応この頃の日本や世界の情勢を学習します。
 しかし、当時の中国についての知識はほとんどない状態です。 

 一方「故郷」は、当時の中国民衆を読者として想定しています。
 ですから、時代背景はほとんど説明されていません。

 ですから中学生には、この時代がどんなものだったのか想像すらできません。

 国語科で扱うのですから、社会科の授業の補足をする必要はありませんが、教える側として、ある程度の知識を持っている必要があると思います。
 
「眠れる獅子」から「死せる豚」へ…混乱の幕開け

 日本が「太平の夢」をむさぼっていた江戸時代、清は「三世の春」と呼ばれる黄金時代を迎えていました。
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 一方、18世紀のヨーロッパは革命の世紀ででした。
 イギリスの清教徒革命(1640)や名誉革命(1688)、フランスのフランス革命(1789-1799)、アメリカの独立(1776)といった市民革命の世紀であり、
 綿工業に代表される工場制機械工業による大量生産と、蒸気機関の発明による動力革命交通革命を軸とした産業革命の時代だったのです。
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 これは同時に、民主主義と資本主義の時代の訪れでした。

 産業革命による大量生産は、大量に原料を必要とします。
 そして大量に生産された製品は売りさばかなくてはいけません。

 そこでヨーロッパの列強は、それを植民地に求め、世界に侵出していきました。

 19世紀になると、イギリスは中国から茶を輸入する代わりに、既に植民地化したインドへ綿織物を、インドから中国へ麻薬のアヘンを輸出するという三角貿易を始めます。
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 これがもとで、アヘン戦争(1840-42)が起こりますが、この過程で清も列強の侵出の脅威にさらされます。
 更に国内では太平天国の乱(1851-64)などの乱が勃発して「内憂外患」の状態となりました。

 この流れの中で、日本にも海外列強が訪れ、不平等条約を結び、明治維新を迎えます。
 明治維新により誕生した明治政府は、富国強兵政策により急速に近代化(資本主義化)を進め、列強に並ぼうと日清戦争(1894-1895)を起こすのです。
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 清にとって日清戦争による敗北は、「眠れる獅子」とそれまで言われてきた清の弱さを世界に露見した形になり、以後欧米列強によっていいように食い荒らされるようになりました。

 清国内では日本のような近代化を進める改革が行われましたが、かえって人々の反感を買うようになりました。
 そして、1911年に武昌で起こった蜂起をきっかけに辛亥革命がおこり、宣統帝溥儀は退位して清は滅亡、秦の始皇帝以来の皇帝による統治も終止符が打たれました。

「故郷」の時代
ダウンロード (4)孫文
 辛亥革命により、孫文国民党を結成して中国の国会の第一党となり、明治維新や自由民権運動のような新しい国「中華民国(「中華人民共和国」ではありません。今の台湾政府ですね。)によって民主政治を推し進めようとしました。
 しかし清で内閣総理大臣を務めていた袁世凱が水面下で工作を行って独裁色を強め、それに反対する孫文らの革命勢力を退け、孫文を日本への亡命に追い込んだのです。

 このような腐敗した政治状況は、革新的知識人層を失望させ、彼らに文学的な啓蒙運動を行わせるきっかけとなりました。
 これは「文学革命」と呼ばれ、腐りきった中国の状況を一般庶民に自覚させるべく、誰でも読めるように従来の文語ではなく口語で訴えました。

 この文学革命のの中心人物としては、『新青年』を発行した陳独秀や白話(話し言葉)文学を提唱した胡適などといった人たちがいたましたが、その中の1人が魯迅です。

「故郷」と魯迅

 当時魯迅は、現在の東北大学医学部で藤野巌九郎教授のもとで留学生として学んでいました。
 清の風俗である「纏足(ヤンおばさんの足です)」を医学の力で直そうと考えていた、と言われています。
ダウンロード (5)
 ところが日本で、銃殺される同胞を笑ってみている中国人の映像を見、本国の惨状を聞いて、「医者として中国人を治そうにも、治せるのは体だけであり、中国が列強から自立するためには中国人の精神を治さなくてはならない」と思い、文学の道に転じたとされています。(単位がとれず卒業の見込みがなかった、という説もあります。意見には個人差があります。)

 『故郷』を書いた1921年は、独裁者として君臨していた袁世凱は既に亡く、各地に軍閥と呼ばれる軍人勢力がごった返す混乱状態にありました。
 その影響は庶民の暮らしにも影響を与え、人の心さえも変えてしまっていたのです。

 『故郷』の叙述では、「豆腐屋小町」と呼ばれたヤンおばさんは外面・内面ともにかつての面影はなく、実の兄弟のように親しかったルントウも変わり果てて、地主階級と小作人という身分の壁によって接し方も異なるものになってしまったと書かれています。

 魯迅は『故郷』の中で、変わり果てた故郷や人々を見て悲哀かみしめつつも、
  • 思うに希望とは、もともとあるものともいえぬし、ないものともいえない。それは地上の道のようなものである。もともと地上には道はない。歩く人が多くなれば、それが道になるのだ。
と文末で述べ、一条ばかりの希望を失わない決意をしたのではないでしょうか。

その後の中国

 では、「故郷」のホンルやシュイションはどういう時代を過ごすことになるのでしょう。

 その二度にわたるロシア革命で台頭したボリシェヴィキ(ロシア共産党)の指導によって、魯迅とともに文学革命をリードした陳独秀が中国共産党を結成します。
 この結果、蒋介石率いる「国民党」と毛沢東率いる「中華ソビエト共和国」の二つの勢力が、中国に並び立つこととなりました。

 最初、この二大勢力は互いに争い、中国は内乱状態となりました。
 しかし1937年7月7日に盧溝橋事件が起こり、1カ月後には日本により上海まで占領されたため、国民党と中国共産党は手を結んで日本との全面戦争へと突入したのです(日中戦争)。

 しかし、1945年に日本がポツダム宣言を受諾して無条件降伏をすると、再び国共内戦(国民党vs共産党の内戦)に突入します。
 この中で農民が「内戦は地主への戦い」とみなして共産党軍(のちの人民解放軍=中国軍)に参加するようになり、共産党軍が優勢になります。
 そして1949年10月1日に毛沢東が「中華人民共和国」の建国を宣言し、分裂状態に一応のピリオドが打たれました。そして敗れた国民党は台湾に逃れ、未だ共産党政府とは対立状態にあることはご存じの通りです。

 そして現在、「統一」された中国は高度経済成長を迎え、世界第二位の大国となりました。しかし、この中で貧富の差が一層広がっています。 

 中国の若者は1989年、民主政治の実現を起こそうと魯迅たちと同じように、「天安門事件」という形でアクションを起こしました。
 しかし、結果はご存じの通りです。

 時代や状況は違いますが、どこかそれは『故郷』の舞台と似ているような気がしてなりません。

 魯迅の「互いに隔絶することのないように」と願った「新しい生活」は訪れたのでしょうか。それともまだ「偶像」のままなのでしょうか。


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「字のない葉書」の指導事項は、次の三つです。
  • ア 抽象的な概念を表す語句や心情を表す語句などに注意して読むこと。
  • イ 文章全体と部分との関係、例示や描写の効果、登場人物の言動の意味などを考え、内容の理解に役立てること。
  • ウ 文章の構成や展開、表現の仕方について、根拠を明確にして自分の考えをまとめること。
 これを3時間で取り扱うようになっています。
 内容的にじっくり取り扱いたいという気持ちもありますが、文化祭に提出する書写作品を仕上げたり文法学習の進度を考えたりすると、なかなかそうもいきません。

 「字のない葉書」の指導のポイントは、父親の言動の意味を考え、主題=「私」の父親に対する気持ちを考えるところにあります。

 3時間という展開を考えると、次のようになります。
  • 第1時=通読し、単元の課題を持ち、前半部に描かれた父親像を読解する。
  • 第2時=後半部に描かれた父親の心情を読解する。
  • 第3時=父親に対する「私」の気持ちを読解する。
 第1時はとてもつめこんだ内容となりますから、ひょっとしたら4時間扱いになってしまうかもしれません。

 最終的に読解したい問題は、
  • 「私」は現在、父親に対してどんな気持ちを持っているのだろうか
です。
 しかしこれが第1時に学習問題として生徒から出てくることはまずありません。

 生徒が直接興味をもつのは、
  • どんな父親なのだろうか
という思いです。

 そこで、「いつ」「どこ」「だれ」の「だれ」を考えていこう、という流れで単元を通し、
 第3時に「こういう父親を『私』は今どう思っているのだろうか」という問題を据えるのが自然だと思います。

 この問題に対する答えは、二つのエピソードの最後の段落にそれぞれ書かれています。
 特にこの作品の主題が説明されているのは前半のエピソードです。

  •  この手紙もなつかしいが、最も心に残るものをといわれれば、父が宛名を書き、妹が「文面」を書いた、あの葉書ということになろう。

 「この手紙」とは、直前の「優しい父の姿を見せたのは、この手紙の中だけである」を指しています。
 つまり、普段は優しくない(暴君であった)が、その奥には優しさがあったことをなつかしむ文章であることがわかります。

 その姿が、最も端的に表れたのが後半のエピソードです。

  •  あれから三十一年。父はなくなり、妹も当時の父に近い年になった。だが、あの字のない葉書は、誰がどこにしまったのかそれともなくなったのか、私は一度も見ていない。

 前半のエピソードでは、父親は、十三歳の「私」に手紙を出してから三十年後の六十四歳で亡くなっていると書かれています。ですから前半のエピソードの父親は三十四歳くらいです。
 後半のエピソードでは、父親は小学校一年(七歳前後)であった妹を疎開させ、それから「三十一年。父はなくなり、妹も当時の父に近い年になった」とあります。ですから妹の現在の年齢は三十八歳くらいでしょう。

 ですから後半のエピソードは、前半のエピソードの四年以内に起こった出来事です。
 後半のエピソードの「私」は、十三歳以上十七歳以下で、「私」と妹の年齢差は十歳以下であることがわかります。

 父親が下の妹を抱いて声を上げて泣く姿を見た高校生くらいの「私」にとって、暴君のイメージとのギャップに衝撃を受けたことは想像に難くありません。

 「暴君」であったはずの「父が、大人の男が声を立てて泣くのを初めて見た」わけですから、
 「最も心に残るもの」ランキング最上位として「字のない葉書」のエピソードが挙げられるのは当然のことです。

 この父のギャップのある姿を「なつかしく思い出している」のがこの作品の主題なのです。

 これを授業の最後に気づかせるためには、

 まず前半のエピソードでは「暴君」「照れ性」「他人行儀」「非の打ち所のない父親」「日頃気恥ずかしくて演じられない父親」等のキーワードを構造化しておさえ、

 後半のエピソードでは妹の状況変化とともに、父親が「声を立てて泣く」に至る父親の気持ちを「この日は何も言わなかった」「はだしで表へ飛び出した」「やせた妹の方を抱き、声を上げて泣いた」等の叙述から父親の心情に触れさせます。

 そして、前半の父親の二面性と後半の「初めて見た」のキーワードを振り返り、
  • 「この作品の主題はどこに書いてあるだろう」
と問いかけて主題に迫らせる、という展開が考えられます。

 この主題は、テキスト最後の
  • だが、あの字のない葉書は、誰がどこにしまったのかそれともなくなったのか、私は一度も見ていない。
の解釈にもつながると思います。特に「だが」の解釈がポイントとなると思います。

 これに触れた生徒の意見が出てくるといいですね。


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 「大人になれなかった弟たちに……」は、光村図書の指導事項によれば以下のことを指導するようになっています。

C 読むこと
  • ウ 場面の展開や登場人物などの描写に注意して読み、内容の理解に役立てること。
  • オ 文章に表れているものの見方や考え方をとらえ、自分のものの見方や考え方を広くすること。
伝統的な言語文化と国語の特質に関する事項
 イ 言葉の特徴やきまりに関する事項 
  • (イ)語句の辞書的な意味と文脈上の意味との関係に注意し、語感を磨くこと。

 4時間扱いの単元ですが、個人的にはもう1~2時間使いたいところです。

 しかし多くの学校では文化祭が9月末に控えています。またその前後に定期テストを行いますから、あまり時間をとることができません。

 そこで、より効率的・効果的な授業の展開を工夫しなくてはいけません。

 文学作品読解の基本は「いつ」「どこ」「だれ」です。

 「一つの花」や「ちいちゃんのかげおくり」等、既に生徒は学んでいますから、「いつ」はすぐ生徒にわかります。終戦の年とその前年です。

 「どこ」は、テキストに「福岡から南へ二十キロくらい行った、石釜」とあります。
 実在の土地です。ネットを調べればテキストにあるような自然に囲まれた風景が観光地として出てきます。

 この作品で指導計画に基づいておさえたい内容は、それぞれの場面にしっかりとあります。
 1時間目に範読・感想をもつ等で0.5時間使うとして、展開はおおよそ次のようになります。
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第1時 後半 ヒロユキのミルクに関わる場面
  •  飲みたい「僕」とそれに対する「母」の気持ち
 これは、反復法省略法によって語られます。
 「繰り返すことによってどんな気持ちが読み取れるか」「どんな気持ちが省略されているか」考えさせます。
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第2時 親戚で疎開先を断られる場面
  •  「そのとき(指示語)の顔」
  •  「強い顔」「悲しい悲しい顔(反復法)」「美しい顔」「母の顔」の関係
  •  「いつも」
 「『そのときの顔』はどういう顔だろう」が中心発問となります。
 「そのとき」というのを曖昧にとらえる生徒がいます。「その」が指し示すのは直前の「僕に帰ろう」と言ったその瞬間の顔です。
 このときの顔は、「顔」という言葉を反復することによって読者に意識づけようとしています。

 「強い顔」「悲しい悲しい(これも反復法)顔」「美しい顔」「母の顔」

 この四つの関係を考えさせ、母の、誰にも頼らず自分だけで子どもたちを守ろうとする孤独な覚悟を読み取らせます。
 
 そして「いつも」という語に気づかせ、作者は、この時の母の気持ちを、その後何度も思い出していることをおさえます。
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第3時 母が泣くまでの場面
  •  「栄養失調です……。(省略法)」
  •  「白い乾いた道から」(情景描写=心理描写)
  •  「ヒロユキは幸せだった」と母は本当に思っていたのか
  •  「小さな小さな」(反復・漸層法)←「大きくなっていたんだね」
  •  「母は初めて泣きました」の理由
 「栄養失調です……。」の省略法では、どんな言葉が省略されているか考えさせることで「僕」の無念さに気づかせます。
 この時間の中心発問は「なぜそのとき、母は初めて泣いたのだろう」です。
 これについて気づかずスルーしている生徒もいますから、その場合は教師が注目させる必要があります。

 直接の理由は「大きくなっていたんだね」という母の気づきにあります。
 この母の気づきを明確に理解するためには、ヒロユキが亡くなってからの母の気持ちを逐っていく必要があります。

 「白い乾いた道~」の情景描写は母(及び「僕」)の虚無的な心情の表現であり、
 「ヒロユキは幸せだった」という母の台詞は、小さな子どもを守ることができなかったことへの、自己正当化の言葉です。
 そして「小さな」という言葉の繰り返しは、「大きくなっていたんだね」という母の気づきにつながる盛り上がりを演出していることに気づかせます。

 このあたりの展開は、生徒の気づきや発言をうまくとりあげ、誘導するよいでしょう。
 授業はライブであり、教師の出が重要なのです。 
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第4時 まとめ
  •  「忘れません」の意味(「忘れられません」との違いから意味を考えさせる)
  •  なぜ「ヒロユキ」とカタカナで表記されているのか
  •  なぜ「弟たちに……」という題名なのか
 これらを全てやることは、時間的にできません

 三つ提示し、好きなものをやらせ、最後の発表させても良いし、
 全体で一つのものを学習問題として与え、発表させても良いでしょう。

 ポイントは、自分が考えた内容を人に知らせる(発表する・聞いてもらう)前にきちんと書かせることが大切です。
 「○字以内で、○分間で」と条件を与え、原稿用紙に八割以上の生徒に書かせてから、発表させたり意見交換をさせます。
 そして最後にもう一度まとめさせ、感想を添えて提出させると良いでしょう。

 今後の高校入試や大学入試で求められる「書く力」の基礎となります。

 このように、この教材を4時間で扱うことを考えると、非常に駆け足で単元を進めなければいけないことがわかります。私の場合、どうしても1時間くらいオーバーしてしまいます。

 夏休みが明けてまだ残暑が厳しく、1年生は気持ちがゆるみがちの時期です。
 予習・復習をしっかりしておらず、前時の授業はもとよりテキストの内容すら頭に入れていない生徒が多くなります。

 しかし、私たちも生徒のことは言えません。

 これから一ヶ月以内に国語科としてやらなくてはならないことは何か、中間テストの範囲はどこまでか、
 しっかりと教科主任と相談しながら、あとで泣き言を言わないようにしなくてはいけません。

 気持ちをひきしめて授業に向かわなくてはならないのは、生徒も教師も同じなのです。

この項目については、生徒用に解説したものがあります。
興味のある方は、こちらへどうぞ。

「大人になれなかった弟たちに……」の学習プリントを作りました。
興味のある方は、こちらへどうぞ。


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 「なんで題名が『挨拶』なの?」

 夏休み明けすぐに取り扱う「挨拶」の授業で、必ず生徒から出てくる質問です。

 作者の石垣りん(1920年(大正9年)-2004年(平成16年))は、東京都生まれの詩人。
 小学校を卒業した14歳の時に日本興業銀行に事務員として就職。以来定年まで勤務し、戦前、戦中、戦後と家族の生活を支えました。
 そのかたわら詩を次々と発表。職場の機関誌にも作品を発表したため、銀行員詩人と呼ばれました。(出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』)

 『ユーモアの鎖国』(石垣りん 1973)で、作者は次のようにこの詩について説明しています。

 第二次世界大戦後、・・・。食糧も娯楽も乏しかった時期、文芸といった情緒面でも、菜園で芋やかぼちゃをつくるのと同じように自給自足が行われ、仲間うちに配る新聞の紙面を埋める詩は、自分たちで書かなければならなかった。実際、私も勤め先の職員組合書記局に呼ばれ、明日は原爆投下された8月6日である。朝、皆が出勤してきて一列に並んだ出勤簿に銘々判を捺す、その台の真上にはる壁新聞に原爆投下の写真を出すから、写真に添える詩を今すぐここで書いてもらいたい。と言われ、営業時間中、一時間位で書かされたことがありました。

  挨拶 原爆の写真によせて

あ、
この焼けただれた顔は
一九四五年八月六日
その時広島にいた人
二五万の焼けただれのひとつ

すでに此の世にないもの

とはいえ
友よ

向き合った互いの顔を
も一度見直そう
戦火の後もとどめぬ
すこやかな今日の顔
すがすがしい朝の顔を

その顔の中に明日の表情をさがすとき
私はりつぜんとするのだ

地球が原爆を数百個所持して
生と死のきわどい淵を歩くとき
なぜそんなにも安らかに
あなたは美しいのか

しずかに耳を澄ませ
何かが近づいてきはしないか
見きわめなければならないものは目の前に
えり分けなければならないものは
手の中にある
午前八時一五分は
毎朝やってくる

一九四五年八月六日の朝
一瞬にして死んだ二五万人の人すべて
いま在る
あなたの如く、私の如く
やすらかに 美しく 油断していた。

 題名は、友だちに「オハヨウ」と呼びかけるかわりの詩、という意味で「挨拶」としました。
 あれはアメリカ側から、原爆被災者の写真を発表してもよろしい、と言われた年のことだったと思います。はじめて目にする写真を手に、すぐに詩を書けという執行部の人も、頼まれた者も、非常な衝撃を受けていて、叩かれてネをあげるような思いで、私は求めに応えた。どういう方法でつくったという手順は何もなく、言えるとすれば、そうした音をあげるものを、ひとつの機会がたたいた、木琴だかドラムだか、とにかく両方がぶつかりあって発生した言葉、であった。それがその時の空気にどのように調和し得たか。
 翌朝、縦の幅一米以上、横は壁面いっぱいの白紙に筆で大きく書いてはり出されました。皆と一緒に勤め先の入口をはいった私は、高い所から自作の詩がアイサツしているのにたまげてしまいました。何よりも、詩がこういう発表形式で隣人に読まれる、という驚きでした。

 今で言えば、職員が出勤した時にひっくり返す札の上に、
 初めて原爆被害者の写真がデカデカと張り出され、その隣にこの詩が書かれていたのですね。
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 「友」というのは、同じ職場に出勤してきた人たちのことを指します。
 しかし、こんなことを説明する必要なないと思います。作者が生徒に「友」と呼びかけているという認識で十分でしょう。
 朝、学校へ出てきて「オハヨウ」と言葉をかけあう「向き合った互いの顔」と、
 目の前に張り出された初めて見る原爆被害者の顔……
 この対比は、この作品を解釈する鍵となります。

 ですから、この詩が書かれた状況は、いつもきちんと説明しています。

 ただし、それを学習の前にするか、後にするかは、そのクラスに実態によります。
 その時、原爆被害者の方の写真を生徒に見せるかどうかは、それこそ、そのクラスの実態によります。
 見せた授業の方が、見せない授業より数は少ないのですが、より深い読解ができたような気がします。どうするかは今でも微妙です。

 この詩の指導事項は、以下の通りです。
  • ア 文脈の中における語句の効果的な使い方など、表現上の工夫に注意して読むこと。
  • ウ 文章を読み比べるなどして、構成や展開、表現の仕方について評価すること。
  • エ 文章を読んで人間、社会、自然などについて考え、自分の意見をもつこと。
 主題の
  • 原爆の危険は、常にある。油断してはいけない。
は、「顔」の分析ができると、生徒は容易に把握し文章化し、自分の意見をもつこともできます。

 詩は文学の一種ですから、私は「いつ」「どこ」「だれ」をまず押さえさせます。
 すると生徒は、この詩には「現在」と「過去」の二つの「いつ」が流れていることに気づきます。

 これをきっかけにして「顔」の分析に入ります。

 指導事項から、この詩における表現技法とその効果をきちんと押さえることは当然のことですが、
 「りつぜん」という単語の意味がわからない子がいます。
 きちんと理解させなくてはいけません。

 詩の成立背景を学習し、詩の分析を行い、主題をまとめていくので2時間で十分です。

 ただし生徒が休みぼけをしていた場合は3時間かかります。
 高校入試に向けてその状態ではいけませんから、気合いをいれてあげます。

 この項目については、生徒用に解説したものがあります。
 興味のある方は、こちらへどうぞ。



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 指導の最後で取り扱うのは「主題を考える」授業です。

「主題」とは
 私たちは、文学的文章読解を行う際に、辞書的に「芸術作品などの中心となる思想内容」という意味で「主題」という言葉を使っています。説明的文章の場合は「要旨」です。

 語(語彙)が集まり文となり、文が集まって段落となり、段落が集まって文章が作られてることを、一年生の文法の授業で教えます。

 語(語彙)にはその一つ一つに単語としての意味があります。その語(語彙)が集まって文となったとき、一つのまとまった文としての意味が生まれます。そして文が集まると、一つの意味のつながりが生まれ、それが改行で区切られたとき更に大きな意味のまとまりとなります。

 意味のまとまりは、一つの方向性をもっています。ベクトルのようなものと考えてよいと思います。
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語彙という小さなベクトルの集合が文となり、文のベクトルが集まって大きな段落のベクトルとなるわけです。

 そして段落のベクトルを集めたものが「主題」になるのだと思います。

 説明的文章では、それぞれの語彙は互いに関連をもちながら意味的につながって段落の要旨に集まり、段落の要旨は相互に関連しあって文章全体の要旨として明らかになります。そして説明的文章の要旨はテキストにはっきりと書かれている点に特徴があります。
 ですから説明的文章の読解というのは、語彙や文、段落レベルのベクトルの方向を見定め、文章全体がテキストのどの部分に集約されているかを見極めることが一つの目的となります。

 ところが文学的文章の場合、「主題」はテキストには書かれていません。テキストの外にあるのです。
 大雑把に言うと、
 「主題」は、テキストの外の作者の中にあるというのが作家論です。ですから正解は作者しかわかりません。(作者だってわからないかもしれません。)
 逆にそのベクトルは読者の心の中にしかないと考えるのが読者論です。

 読者論の場合、文学作品を読んだ読者がどんな主題を設定しても読者の自由となります。しかしこれでは、単なる趣味の読書となってしまい、授業で取り扱う意味が薄れてしまいます。

 私たちが授業で取り扱うべきは、あくまでも指導要領に示される「論理的に考える力や共感したり想像したりする力」や「伝え合う力」です。感覚的・主観的な独りよがりの読解力を増長させるためではありません。
 きちんとテキストに書かれている内容を論理的に判断し、その判断に対して多くの他者が共感できるように説明相手の説明を理解する「伝え合う力」を育てるのが授業の目的です。

 そこで、文学的文章読解の授業では、それぞれの語彙、文、段落が指し示すベクトルの方向を論理的に吟味し、それが収束している「主題」を的確な文で表現する(認識する)ことに価値があると思います。

 文学作品は、因果関係に支配されています。一定のキャラクターをもった「登場人物」が「事件(イベント)」に出会い、その結果「心理」に変化がうまれ、それに従って「行動」します。そして新たに獲得した「心理」や「行動」が「登場人物」のキャラクターに加わり、更に新たな「事件」に出会い物語が展開します。(事件の前後で主人公の心理の変化がほとんどないのがラノベですね。だから学校で読むことが問題視されるのかな?)

 主題は、この「登場人物」の心理変化の中にあるのだと思います。
 そして主題を体現する心理変化をもった「登場人物」こそが主人公なのです。(ただしホウムズ物のような探偵小説はどうなんでしょうね……。ワトソン博士が主人公……じゃないよね。これが「探偵小説は文学としては微妙」と言われる理由なのかな?)

 文学作品の「主題」は、愛や憎しみ、友情や優しさなど様々あると思いますが、いずれも主人公が体現するものです、社会的にみると人間としての「価値」や「徳目」です。(主人公が「価値」「徳目」のアンチテーゼとして描かれる、反社会的・反道徳的な主題が描かれる文学はあります。しかし小・中学校の教材となることはまずありません。ですから「文学的文章」と呼ばれるのだと思います。)

  • 主題とは主人公の言葉や行動によって論理的に説明できる「価値」あるいは「徳目」である。
 これが、主人公の心情の変化を執拗に授業で読み取らせようとする理由なのではないでしょうか。

 ですから、主人公の心情の変化の読み取りの終着点として「主題を考える」場面は、文学的文章読解の授業には必要だと思います。

「盆土産」の主題

 ストーリーの展開に沿って、あらすじをまとめてみます。

 1日目。主人公は突然お盆に帰省する父親のために「父っちゃのだし」を送り盆のまでに間に合わせようと雑魚を釣りながら、盆土産であるえびフライとはどんなものだろうと考える場面で物語は始まります。

 この日の前日、突然父親がえびフライを持って帰省する速達ありました。えびフライにとはどんなものか、主人公にも姉にも見当がつきません。しかし祖母はわからないながらも「うめもんせ」と父親を信頼しています。主人公は祖母の言葉に納得し「父親の土産のうまさをよく味わう」ことを楽しみにします。

 父親の帰省の場面では、父親は八時間もの間ドライアイスを交換しながら帰省したことが述べられ、ドライアイスやえびフライに驚く子どもたちの姿を「満足そうに」眺める父親の姿が描かれます。

 その日の夕方では、隣の喜作も盆土産を喜んでいる姿が、夕飯の場面では、揚げたてのえびフライを食べる一家団欒の様子が描かれます。その中で、「父っちゃのだし」を心配する主人公と、次の日に帰省することを息子に告げられない父親の心理が語られます。

 2日目。墓参りの場面では、死んだ母親への家族の思いが、特に祖母と主人公を通して語られます。

 そして夕暮れ時、主人公が父親を見送る場面では、父親と主人公との交流とすれ違いが描かれています。

 この物語全体から俯瞰されるの主題は、父と息子との交流だけではありません。父が子へ、子が父や死んだ母へ、祖母が子(父)や孫(主人公と姉)あるいは夫(祖父)や嫁(母)へと、家族全体の双方向性のつながりが描かれていることがわかります。
 そしてその交流は、父親が東京へ働きに出ていて稀にしか帰省できない状態であることにより鮮明に浮かび上がってきています。
  • 父親が東京へ働きに出ている東北地方の家族の絆
 これが「盆土産」主題だと思います。

 この主題は、最後の場面で主人公が「えんびフライ」と言い間違えるところに象徴的に表現されていると思います。
 「えんび(フライ)」という言葉が登場するのは、冒頭部の主人公と姉との会話、墓参りでの祖母の言葉、そして最後の場面の主人公の言い間違いとしてです。

 主人公は、「いつもより少し」強めの父親の愛情表現で動転し「うっかり」「えんびフライ」と言ってしまいます。なぜ「えんびフライ」でなければならないのでしょう

 「えんびフライ」が単語として登場するのは、墓参りの場面です。
  • 昨夜の食卓の様子を(えびのしっぽが喉につかえたことは抜きにして)祖父と母親に報告しているのだろうか
 祖母が報告した「昨夜の食卓の様子」を「祖父と母親に報告」するとしたら、どのような内容になるのでしょう

  • 帰らないと思っていた「父っちゃ」がわざわざ墓参りのために帰ってきたよ。盆土産に珍しいえびフライを持ってきたよ。孫たちはとても喜んだよ。みんなで楽しく海老フライを食べたよ。…安心しておくれ。
 祖母が報告したのは、「昨夜の家族揃っての楽しい団らんのある食卓の様子」だったはずです。
 この象徴としての単語が、親しみのある方言を使った「えんびフライ」だったのではないでしょうか。

 そして「家族揃っての楽しい団らん」こそが主人公が希求する絆であったはずです。
 だからこそ主人公の「家族揃って楽しい団らんを囲みたい」という願いが、その象徴たる「えんびフライ」という言葉となってほとばしったのだと思います。 

 これは、文として生徒に教える必要はありません。なぜなら、この主題が正解であるかどうかはわからないからです。
 それよりも、この物語の主題を「文」としてまとめようと考えさせ書かせることこそが学習であると思います。

 これには、やはり1時間はかかるでしょう。

この項目については、生徒用に解説したものがあります。
興味のある方は、こちらへどうぞ。

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