十種神宝 学校の基礎・基本

公立の義務教育の学校に永きにわたりお勤めだった稗田先生の、若い先生方への昔語りです。学習指導要領や、それに伴って変わってきた先生たちの意識や授業のことなど、教育現場に起こってきた今や昔のことどもを書き記していきます。

 義務教育の現場に長くお勤めだった稗田先生からお聞きしたことどもを、拙いながらもまとめてみました。
 不易流行という言葉があります。この、教育の"流行"の中から、自分だけの"不易"を見つけていただければ、これに過ぎる慶びはありません。
                                   十種神宝 主人 太安万侶

 このブログで紹介した教材の学習プリントをおわけします。興味のある方はこちらをご覧下さい。https://kandakara.booth.pm/

 国語関係の記事は、「十種神宝 中学国語 学習の手引き」の下書きになっています。興味のある方はこちらをご覧下さい。https://y-oono.jimdofree.com/

生徒指導

目標に対し、教師の指導はどうあったらよいでしょうか。

生徒会や学級の係活動など様々な場面で「呼びかける」「伝える」という働きかけを見たと思います。
どの程度効果があったのでしょう。
また、効果があったとすればなぜ効果があったのでしょう。

目標値に対して実効性を持たせる方法が「手立て」です。

例えば「一年間、晩酌をしないことによって11㎏減量する」という行動目標をたてたとして、一年間実行してみたけど目標が達成できませんでした。
「こんなことなら禁酒するんじゃなかった。私の一年間を返せ!」というコストパフォーマンス最悪の、やらない方がましな活動になります。

目標に対して実効性をもたせるためには「行動計画」と「途中指標」が必要です。

特に数値化できる目標に対しては有効だと思います。
目標を達成するためのプログラムが「行動計画」であり、途中経過としてどのくらい達成できたかプログラムの各段階で検証するのが「途中指標」となります。
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例えば「体重を一年間で11㎏減らす」という目標を立てた場合「最初の一ヶ月で減らすことで2㎏減」「次の一ヶ月で更に2㎏減」というようにしていくのが行動計画と途中指標です。

途中指標の達成状況を見ながら、その都度「おやつも減らそう」とか「少しお酒を飲んでも、つまみを減らせばいいんじゃないか」というように次の途中指標を調整していきます。
場合によっては「晩酌をしない」という行動目標自体を見直すこともあります。

これをPDCAサイクルと言います。
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特に「一年間かけてこういうクラスにしたい」という目標に対して、この行動計画と途中指標は必須事項だと思います。

例えば「提出物100%」という目標を立てた場合、最初の一ヶ月間はどういう取り組みをして、何%くらいを達成するのか、次の一ヶ月間は何をしてどのくらいにするのかを計画させ、実行させ、失敗したらその原因を考えて計画を変更していくのです。

また、行動計画や途中目標とは別に日常の指導として「良い生徒を褒める」というものがあります。
評価的インセンティブですね。当たり前のことです。
評価的インセンティブを高めるには、生徒個人を呼んで褒めるのか全体の中で顕彰するのか等、様々な方法があります。より効果的な方法を選択しましょう。

長期計画をたてず、即効性のある指導も必要な時があります。
それは問題行動等のイベントが発生した時に評価できるものに対してです。

問題行動等に対しては、教師が「このようにしなさい」と言うことがあります。
教師の言ったことに対しては、すぐに必ず実行させなくてはいけません。

例えば「トイレにトイレットペーパーの芯を流さない」「人の靴を隠さない」等のマイナス要因に対する緊急性の高い生徒指導事案があり、「こうしなさい」と指示したとします。

「先生の指示を聞かない」事例を認めてはいけません。
これにより「やらなくてもよい」という意識が芽生え、教師の権威失墜が起こります。
ですから、この時は毅然とした指導をしましょう。

特に学年集会などで指導した内容は伝家の宝刀並の重い意味があります。

自分で指導する自信がないから学年集会でやってくれ、というのは卑怯な態度であり、プロ教師とは言えないと思います。

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学級目標はスローガンではない

達成した状態の見える化

ダイエットの宣伝文句に「まず体内の脂肪を燃やせ!」というのがありました。
これはキャッチコピーとかスローガンと言われるものです。
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しかし「私の目標は『体内の脂肪を燃やす』ことです」と言ったらどうでしょう。
呼吸をしている限り体内の脂肪は燃焼していますから、目標とは言えません。

「一年以内に体重を11㎏減らす」とか「半年以内に空腹時血糖を99mg/dl以下に抑える」なら、何をしたら良いかわかりますね。

「体内の脂肪を燃やせ!」というのはスローガン、「一年以内に体重を11㎏減らす」というのは目標です。

スローガン(slogan)とは、理念や活動の目的を、簡潔に言い表した覚えやすい句・標語・モットーのこと。
一方「目標」とは、何かを成し遂げようとして設けた目当てであり、期限の定められたものでなくてはいけません。

「学級目標」と言いながらスローガンになってしまっているものがあります。

スローガンを目標とした場合は、それとは別に具体的に達成した状態がはっきりわかるものを同時に示しておかないといけません。

生徒会行事などで、スローガンと目標とをはき違えたものを見かけますが、スローガンならスローガンと言って欲しいと思います。

学校経営目標との関連

「学級目標は生徒が決める」という人がいますが、その場合「学級経営目標」との関係が問われます。
学級経営目標は「学校経営目標」と連動していなくてはいけません。

学校経営目標とは年度当初に配られる「学校運営計画」等の冊子に「学校教育目標」等の呼び方で載っているアレです。

学級経営目標は学校経営目標の下位カテゴリーです。
学校経営目標は「その学校の生徒全体の傾向に基づき立案」されていますから、あなたの学級だけ例外であるはずがありません。
まぁ、どんなクラスにも対応できるように漠然と書かれているのが普通です。

もし学校教育目標に三つの柱があるのなら、学級経営目標も三つの観点から立てる必要があると思います。

学級経営目標と学級目標が別々に作られたとすると、教師の指導目標と生徒の目標とが食い違う場合があります。
しかし、特に一年生やクラス替えがあった学年の場合、年度当初に自分たちのクラスを客観的に評価することは難しいはずです。
そこで担任がどういう指導をしたかが問題になります。

結果的に学級目標は、担任の学級経営目標、さらには学校教育目標と連動していなくてはいけないと思います。

特に大切なのは、担任が明確な「学級経営目標」をもっているかです。

学級目標は4月末から5月にかけての職員会議で審議しますよね。
生徒が決めた学級目標を発表するだけなら「生徒が何をしたいと考えているか」の報告で十分です。

「担任はどういうクラスにしようとしているのか、それは学校経営目標に対して正しく位置付いているのか(グランドデザインに位置づけられるものなのか)」を確かめ合うために職員会議で審議するのではないでしょうか。

また、「学級目標」は、「学級経営目標」と共に「そのクラスの改善したいところ」を入れる風潮があるようです。
つまり学級目標はそのクラスの弱点であり、学校全体から見た学級目標群の傾向は、その学校の弱点ともとれます。
もしその弱点が、学校教育目標とズレていた場合、どちらかのどこかに誤りがあると判断せざるを得ません。

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③ 生徒(代表者)の考えで決める
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前提
  1. 席替えの目的・意図を、生徒全員が共通理解している必要がある。(例:互いに注意し合えるように、等。毎回変わっても良い。)特に代表者はきちんと理解していなくてはいけない。
  2. 代表者は、班長レベルの生徒全員が認めるものでなければならない。また選ばれた代表者は、席替えの目的・意図を理解し、クラス全体について考え公平・構成に実践しようとする意思のある者でなくてははならない。
  3. 決定の過程で、代表者以外の者は代表者に干渉してはいけない。
メリット
  • 「自分たちの代表が決めた」という意識を持つことができる。
  • 教師が把握していない人間関係等を反映させやすい。
  • 教師の権限委譲であり、代表者には特にリーダーとしての意識や自主性を培うことができる。
デメリット
  • 前提を含め、決めるまでに時間と手間がかかる。特に代表者が相談する時間を確保してやることも難しい。
  • 特に代表者の選出に細心の注意を払わないといけない。代表者は誰かの傀儡であってはならないからである。
  • 代表者の人数が揃わない可能性があり、揃ったとしても代表者間の力関係に左右されることがある。その場合、一部の代表生徒の恣意に流れるため、反発を生みやすい。
対策
まず班長を決め、班長の合議により席替えが実施されることや、席替えの決め方などを全員に周知しておくことが必要です。
その際、合議には他者が介入してはならないことを指導し、公正性を担保するために合議に際しては教師が同席する必要があります。
決定された席は教師の許可制にするとよいでしょう。どのような決め方をしたにせよ、最終責任は教師にあるのです。

補足
決めるのに時間がかかるのが一番大きな問題です。
代表者を選ぶので1時間以上、更に代表者が集まって決めるのに1時間以上が基本です。
更に代表者が決めている間、他の生徒は何をしているか考えなくてはいけません。
安易に「休み時間に決めろ」と言っても、休み時間にそんな時間はあるはずもなく、放課後だって部活等で生徒は忙しいのです。
また、「いつもいつも班長は同じ人」というのは、どうなんでしょうか。
公的に認められたリーダーを作ることにつながります。

「自分たちの代表が決めた」ということはわかっていても、自分が決めたわけではありませんから、自主性が育つわけではありません。
むしろ自己中心的な生徒にとっては、教師より不満をぶつけやすくなりますから注意が必要です。
また、一部の生徒が傀儡としての代表者を送り込もうとする危険があります。

修学旅行の部屋割りなど、この宿舎係を中心に安易にこの方法でやってしまい、トラブルの元となることが多いようです。
トラブルになった場合、トラブルが起こらないように担任(または宿舎係担当職員)はどのような指導をしたかが問われます。

④ 複合型(例:③で原案を作り、①で修正する等)

メリット
  • 人間関係や学力等に関するコントロールを「自分たちの代表が決めた」とう意識が持てる。
  • 教師が決定したため反発がでにくい。
  • 教師が把握していない人間関係等を反映させやすい。
デメリット
  • 非常に時間と手間がかかる。
  • 教師が大幅に修正する等の強力な介入を行うと代表者としての立場がなくなる。
  • 教師が修正の理由を説明したとしても反発を受ける場合がある。
  • 時間がかかるため、他生徒の代表者への干渉が予想され、代表者に過度の負担がかかる。
対策

対策としては、生徒が提出したものに対し、今回の席替え(班編制)の意味や目的を満足させることができるているかで評価し、満足できない場合は「差し戻し」を行う方法があります。
しかしこれは更に時間がかかる作業です。
教師がダメ出しををするだけで改善案を示さない場合は、代表者のモチベーションを下げてしまいます。
従って、③で述べた、教師が同席して決定していく方法が適していると思います。

補足

③と④の違いは、決める話し合いのときから教師が参加するか、生徒が決めた後教師が決め直すか、という違いになります。

いずれにせよ教師をトップに据えた集団指導体制ともいうべきものです。

この場合、気をつけないと生徒のリーダーと馴れ合いとなり、最悪の場合、いつの間にか教師が傀儡となってしまう(あるいは生徒が教師の傀儡としてしか機能していない)ことがあります。
注意しましょう。

パターンは③→④ばかりではありません。
②→③→④の方法等、さまざまあります。
費用対効果をふまえつつ、最適の組み合わせを考えてみてください。

総括

どのような活動でも、必ずコストがかかります。時間もコストです。
いくら素晴らしいやり方であったとしても、完成させるまでに時間がかかったのではダメなのです。
より少ないコストで最大の効果が得られるように考えていきましょう。それが「対策」の基本です。
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座席の配置としては、男女市松模様に並べるのが一般的です。
机と机の間を離すか、二人一組で机を離さずに列になるようにする方法もあります。
また、縦横の格子状に机を並べるのではなく、教卓を中心に議会や大学の講義室のように放射状に机を並べることもあります。
座席の並べ方にもいろいろあるのです。

最近はアクティブラーニングとの関連でグループ学習が盛んになり、グループ学習の状態に速やかに移行できる座席配置も考えなくてはいけません。

決め方にせよ、席の並べ方にせよ、それぞれのやり方にはすべて理由があり、目的があります。
「今までそうしているから」「他の先生がそうしているから」というだけで、何も疑問を持たないというのはいけないと思います。

他の方法が考えられないというのは、思考力や判断力が低い先生、といわれてしまいます。
座席決めに限らず、教科指導でも学級指導でも、選択できる持ち駒を一つでも増やして、目的に応じたメリットとデメリットを考え、実行していくようにがんばりましょう。
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① 教師が決める
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メリット
  • 人間関係をコントロールしたり、学力水準等を意図的にコントロールできる。
  • 各班にリーダーや問題傾向生徒を意図的に配置しやすい。……「意図的に」です「均等に」とは言っていません。
  • 視覚や聴覚等にハンディのある生徒に配慮しやすい。
  • 問題のある生徒を教師の目の届くところに配置しやすい、等。
デメリット
  • 時間がかかる。
  • 席替えをやる毎に同じような構成になりやすい。
  • 「○○さんと一緒になりたかったのに……。」等の不満を持ちやすい。
対策

時間軽減に対する対応策として、生徒をキャラクター毎にパターン分類し、その組み合わせで決定していく方法があります。

生徒の不満に対する対応策として、この席替えの意図等をある程度生徒も理解していること等が挙げられます。
個別懇談会の順番等もそうですが、教師が決めた場合、生徒は必ずその意図を推測します。場合によっては邪推されることもあるのです。
ですから、意図はあらかじめオープンにし、その内容に添って行うべきだと思います。

その上で不満を持たれないためには、教師がカースト最上位にいなくてはいけません。
また、よほどのことがない限り、教師が決めた班構成をみだりに変更してはいけません。
「先生は自分たちの意見を聞いてくれる」ということと「自分たちのいいなりになる」ということは違います。

そのためにも、きちんと生徒や生徒たちの看取りをし確信を持って編成しないと危険が伴います。

年度当初はこのやり方をしても問題はありません。
生徒は「そうするものだ」と納得してしまい反発しないと思います。
そもそも、入学式やクラス編成発表直後の座席は名簿順で、身体的な理由以外で不満を持つ生徒はいません。

② くじ引きなどで決める
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メリット
  • 短時間で決められる。
  • イベント的な楽しみがある。
  • 表面的には機会は平等であり(これが本当の平等・公平かというと、疑問があります。)不信や不満を発生させにくい。
  • 様々な生徒と接し合う機会をもつことができ、より広い人間関係を構築しやすい。
デメリット
  • 人間関係や学力の配慮ができない。そのため好ましくない状況が発生する可能性が高い。
  • 身体的にハンディのある生徒に対する配慮が難しい。
対策

身体的にハンディのある生徒に対しては、例えば左耳が不自由な生徒には教室左側前方の席というように、座る席の範囲をあらかじめ決めて先にくじをひかせるという方法もありますから問題はありません。

この方法は、実は「学び合い」学習で推奨されているやり方です。
例えば学力の高い生徒同士、低い生徒同士の中でこそ「学び合い」が行われやすい、という考え方です。
教える生徒と教わる生徒が固定化されてしまっては「学び合い」は難しいのです。

人間関係の固定化を避けるためには、クラスの落ち着きが失われない程度に、頻繁に席替えを行う必要があります。
「不倶戴天の敵」のような生徒同士が同じ班になった場合は配慮します。
授業中うるさい生徒が同じ班になった場合等のレベルならば、まとめて指導する良い機会です。
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席替えは、単に教室内の位置を決める作業ではありません。同時に生活班を決めることでもあります。

生活班というのは、一定の目的・目標をもった集団であり、学級の組織の一つです。

生活班には学習と生活の二つの側面があります。
学習というのは授業に対する関わり、生活というのは給食当番とか清掃分担等の諸活動に対する関わりです。

「学習係はA班」というように、係活動自体を班に割り振るクラスもあります。
逆に、座席の位置と生活班とを完全に切り離して運用する場合もありますが、この場合は、純粋に学習効果が問題となります。

 席替えで考えなければいけない要素の第一は、人間関係に基づく学習効果に対する期待です。
授業中の私語等は人間関係に起因し、クラス全体の学習効果の低下を招きます。
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班相互の学力差について問題になる場合がありますが、これはグループ学習を積極的に推進する場合のみ考慮すべき内容です。
一斉授業や、申し訳程度にグループ学習を行う程度ではほとんど影響がありません。
特別教室等で授業を行う教科に対しても同様です。

班相互の学力差がよく問題になりますが、もし「できる生徒」が固定していた場合、考えることをその生徒に委ねてしまう班が発生する危険をはらみます。
ですから班相互のの学力差がないようにすることは、果たして考慮する必要があるかどうかは、議論が分かれるところです。

第二は、クラスのヒエラルキーに対する改善への期待です。
例えば給食当番などで常にサボる生徒がいて、それを周囲が黙認する人間関係が予想される班編制にした場合、これを改善するためのコストを教師が支払わなくてはいけません。
ならば班内あるいは学級内で自浄できる編成にしておくことが妥当です。

また、不倶戴天の敵の生徒同士を同じグループにしない、というのは一般的ですが、呉越同舟という言葉もあります。
生活班とは、合目的的な組織なのです。仲が良い・悪いということを組織の活動に影響させてはいけないというのは、社会では当たり前のことです。
ただし、この指導に対するコストは教師が支払わなくてはいけません。

いじめる側といじめられる側を同じグループにすることは避けなければいけませんが、仲が悪いからという理由で違うグループにするのは「寝る子は起こさない」指導だという考えもあります。

以上の要因を考慮した上で、席替え(班決め)のしかたは教師によるコントロールの強度により分類されます。

これと連動して、席替えの周期を考えていかなくてはいけません。
月ごとが一般的なようですが、給食当番等が一巡したらとか、行事を目安に変えていく等の方法があります。

これは、修学旅行の班分けなども同じです。
生徒の資質・能力や人間関係を考慮に入れて班編制を考えて欲しいと思います。

特に宿泊学習の部屋決めなど、クラスの宿泊係生徒に丸投げしてしまって、後々尾を引くことがあります。
宿泊係の担当職員になったら、それもふまえて指導をしていきましょう。
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以上のことを全部踏まえて、パーフェクトな席替えを行おうとすると、コストとして膨大な時間をかけなくてはいけません。
これはどのような決め方をした場合も同じです。
生徒に委ねると一見教師の時間節約になるような気がしますが、生徒が活動をする時間は教師が保証してやらなくてはいけないのです。

どのようなやり方にもメリットとデメリットはあります。
やり方は学年会などで全クラス歩調を合わせるように決まる場合が多いようですが、どのようなやり方に決まったにせよ、それぞれの一長一短を理解しデメリットが発生しないようにコントロールしていくことがプロの教師だと思います。

最終的な責任は学級担任が負わなくてはいけないのです。
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学級によって異なるローカルルールがあることは生徒だって知っています。
ですから四月当初は、「○○はしていいですか?」「○○はどうしたらいいですか?」と聞きに来る生徒が多いと思います。
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その都度判断に迫られるため、その場であまり考えずに答えてしまうことがあります。これが、他の生徒が同じようなことを聞いた時に違うように答えてしまう原因です。
また、このくらいは自分で考えて欲しいと思い「自分で考えなさい」と言うこともあるでしょう。「自分で考え」た結果、生徒はみんな同じ結論を出すとは限りません。
結局「先生はブレている」と思われてしまいます。

しかしこのように単純に質問してくる生徒は、素直で良い生徒だと思います。
中には、新しい担任が決めた基準に対して「前の先生は○○だったよ」という生徒もいるでしょう。
この場合は「ヨソはヨソ、ウチはウチ」と言い放ち、ルール破りに対しては毅然として対応しましょう。
(これは一年生の最後に「来年は新しい担任のルールに従うように」と言って欲しいことでもあります。)

更に注意しなくてはいけないのは、「先生、提出物は明日でもいいですか?」というように、わかっていることをあえて微妙な言い回しで質問してくる場合です。
これは「先生は良いと言った」という言(げん)質(ち)をとるための質問です。
これに対しては毅然とした対応が求められます。

対策としては、予想される質問に対し、あらかじめどう答えたらいいのかしっかりと準備することです。
これは指導案の「予想される生徒の反応」の考え方と同じです。生徒目線に立って考えればよいのです。
そして「これは」と思うものは、成文化して全体に提示してしまいましょう。

これが最もローリスクでできるのは四月当初しかありません。
どのようなことを決めておかなくてはならないかは、実際に生徒目線に立って、経験していって欲しいと思います。

しかし、みなさんにとって予測できないことも多いと思います。
判断に困るような時には、すぐに答えずに時間を置くようにしましょう。

「ちょっと学年の先生に聞くまで待っていて」と、少しだけ時間を伸ばします。
その後、学年の先生達に確認をすれば、たいていは明確な基準を示してくれるはずです。

生徒の質問にすぐに答えられないのは信頼してもらえないかも、と思うかも知れませんが、誤った判断を下すよりもずっといいと思います。
自分の判断が間違っていて、一度許可してしまったことを取り消すことは、膨大なエネルギーが必要になります。
「えー、先生はこの前いいって言ったのに……」と教師の「判断がブレる」ことこそが、教師への信頼感を少しずつ失わせる原因の一つです。

それでもルールの変更をしなくてはいけない時があります。
その時は正々堂々と全体の場で伝えることです。

初期のルール設定が終わってそれに慣れた時期に、生徒が「先生、○○してもいいですか?」と聞いてくることがあります。
学級の状況や生徒の気持ちは刻々と変化していきます。その中で生徒自身が判断に迷っているのです。
「ルールを設定していないから設定して欲しい」あるいは「一度定めたルールを違う形にしてよいか」ということを聞いていることになります。またカースト上位の生徒が自分に都合の良いようにルールを変えようとしている場合もあります。

いくらもっともな話でも「では、そのようにしよう!」とその場で答えてはいけません。

この段階では、話をした生徒にとってルールは変わっていますが、それ以外の生徒にとっては以前のルールのままだからです。
そのため「ルールの変更は全員が聞いている場で行う」必要があります。

良い提案をしてきた生徒には「では、後でみんなの前で確認をするからね。」と伝え、帰りの会など全体の場で、全員にルールを変更することを伝えます。

この様な手続きをとれば、「不公平だ」などと言われることは減っていくと思います。

生徒たちに不公平感を感じさせないこと、正直者にバカをみさせないこと、自分の担任の先生は公明正大であり正義の味方であることを印象づけるために、一瞬でも気を抜いたら負けなのです。

                                                                              ……よいお年を。
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二年になって担任が新しくなり、集団がうまく機能しなくなる場合があります。

いくつかの原因があると思いますが、「ルール」に着目して考えてみたいと思います。
なぜなら、集団がうまく機能しない原因として考えられるのが「ルールが崩れていく」という点に一つの原因があると思うからです。

学校には、さまざまなルールがあります。例えば「1時間目は8:45~9:35」という時間に関するルール。このような明文化された内容は、明確に掲示物などによって示されたりチャイムによって知らされたりするため崩れにくいものです。

逆に崩れやすいものは、明文化されていないルールです。

例えば「チャイム着席」は「チャイムが鳴り始めたときか、鳴り終わったときか」という判断(リレースイッチのタイムラグにより、設定した時刻の3~7秒後にチャイムは鳴り始めるので、鳴り始めた時は既に遅いというのが正解です)などの、担任が自分のクラスの中で基準を設定しなければならないような場合です。

割り箸やマスクを生徒に貸し出した場合について考えてみましょう。

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「返却する」というのは学年会等で統一されたルールです。

ある生徒に「明日返しなさい」と言い、違う生徒に「いつでもいいよ」と言えば、生徒は「不公平」「ずるい」「人によっていっていることが違う」と思うでしょう。

ならば、「明日」は無理なので「いつでも」でいいかというわけにはいきません。
「いつでもいい」とは「持ってこなくてもいい」のと同じことです。
学年としてのルールを担任が「守らなくていい」と言ったことになります。

そして気がつくと、カースト上位の特定の生徒が借りた割り箸やマスクを返さないようになり、次第にそれが学級全体に広がります。(スタートがカーストの上位生ですからね。)

では、どのような対応がよいのでしょうか。

「三日以内に」「一週間以内に」と期限を切り、締め切りの前日にきちんと声がけするという指導が必要でしょう。
また約束の期日を守らなかった生徒に対しては「生活ノート」にその旨を記し「お家の人にこれを見せて明日持ってきなさい。できない場合はその理由をお家の人に書いていただきなさい。」と言います。

「え、そこまでやるの?」と思うかも知れません。

しかしこれをやらないと悪弊がはびこり学級が崩れていくもとになるのです。

そしてこのような指導は、最初に(特にカースト上位生に対して)やるからこそローコストでハイリターンが期待できるのです。

年度の途中でこのような指導を行うのは「今までと言っていることが違う」と思われ、確実に抵抗する生徒がいるでしょう。
これではハイリスクローリターンな指導になってしまいます。

まず目指すべきは、絶対に「真面目で正直な者ほど損をする」学級にしてはいけない、ということです。
これは、いじめのない学級の必須条件でもあると思います。

正直者がバカを見ない学級であることを保証できるのは学級担任しかいません。
そしてそういう学級であることを担保するのは、カースト最上位者である学級担任が「正義の味方」であり、生徒との信頼関係が成立していることです。

「不公平」「ずるい」「人によっていっていることが違う」という気持ちに信頼関係はありません。
信頼できない担任の言うことなど本心から聞くわけがありませんから、徐々に「聞こえなかった」「自分が言われているとは思わなかった」といって、指示に従わない生徒が増えてくるでしょう。

人間は弱い存在です。モラルは下へ下へと流れていきます。

まず学校や学年としての決まりを遵守させること。
そして担任が判断基準を示せばよい内容の場合は一度示した基準は変えないこと。

これを最も確実に効果的に指導できるのは学級編成直後の三日、一週間、一ヶ月間しかありません。

連休前までは決して気を抜いてはいけないのです。

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今年は一年生の学級担任で、春休みに学級編成替えがあり、来年は持ち上がりで二年生の担任になる場合もあります。
このような場合、新入生と比べ既にある程度生徒たちを知っている、というアドバンテージがあります。
しかしこれはそのままではメリットにはなりません。

そうでなくても、全てが初めての経験で緊張した一年間を過ごす一年生と、生徒会に部活にと中心的な役割を果たし最後には人生最大の選択である高校受験がまっている三年生とに挟まれ、「中だるみの二年生」と言われます。
実際には、二年生は夏休み前から部活の中心として活躍する立場となり、2学期後半からは生徒会を引き継ぎ、修学旅行に向けての活動があり……二年生だってとても大変なのですが……こんなことは口で説明しても生徒は実感できません。

ですから二年生の学級担任になったら、今まで以上に学級の雰囲気をよりよいものにしていかなくてはいけません。
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教師は授業が勝負

新年度が始まる三月~四月は、様々な事務仕事に時間が割かれます。

そして新しい学級に関わる仕事量は新入生の場合とまったく同じです。
一年生の先生が新入生を迎える春休みにしなければいけない仕事は本当にたくさんあります。そして新二年生の学級担任になるにあたり、それとほぼ同じ仕事があるのです。

新二年生のどのクラスになるかはわからないにせよ、学年主任にお願いして、学年組織でさっさと仕事を進めておくようにします。

とは言っても三月中にできる仕事とできない仕事というものがあります。また、四月に入ってから入学式までにできる仕事とできない仕事があります。そして全ての仕事には締め切りがあり、慣れないうちはどうしても仕事がたまっていきます。「あの書類はまだ?」と担当の先生に言われると、どうしてもそちらを先にやるようになります。

そうしているうちに、本来、大切にしなければならない授業の準備に時間を割くことができなくなってきてしまいます。そうすると当然、授業の質が下がります。
新入生ならば「中学ってこんな授業をするんだ」と一生懸命取り組んでくれるでしょうが、すでに中学の授業を受けてきた新二年生は、あなたの授業の質的低下を簡単に見破ります。

これに文句を言うのは主に保護者です。
生徒はその代わり、授業中の落ち着きがなくします。
いくら一年の時に親しみを持って接してくれた生徒も、毎回の授業がつまらければ、教師から離れていってしまうのです。

そこで大事になるのが、様々な仕事に優先順位をつけることです。
このやり方については「困難は分割せよ」のスケジューリングのしかたで説明しました。

前回までに説明した、コストパフォーマンスを考え、自分の仕事を適正にマネジメントしていくことが、みなさんには求めらるのです。

優先度の高いものを次に掲げます。
  • A:優先順位の高いもの=次の日の授業の準備、けがや病気への対応、生徒同士のトラブル 等
  • B:比較的優先順位の高いもの=「進級おめでとうテスト」等の採点、家庭訪問のスケジュール決めや保健関係の書類提出 等
  • C:優先順位の低いもの=廊下の壁に生徒の作品を貼ること、氏名印を押すこと 等
Cの「あまりエネルギーをかけないでよいもの」ほど、簡単で、ともすると自分で「やった」感があるため優先順位を高く設定しがちですが、生徒が成果を理解できる程度に、できる限り効率よく時間をかけずにやることをお勧めします。

大切なのは「授業について考える」ことです。

授業に間に合わないので去年作ったワークシートをそのまま使うのでは、あなたの授業は去年以下のレベルと生徒に判断されます。
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教師の最も重要な仕事は授業をすることです。
なぜなら、生徒と最も多く接する時間は授業だからです。

この大切な授業を充実したものにするために、最近「授業力」という言葉が使われています。
授業力の定義はまだ定まったものがないようですが、とりあえず「子どもたちの確かな学力を保障する力」として捉えたいと思います。

生徒一人一人が安心して学校生活を送り、学習意欲や自信を持つためには、教師と生徒、生徒同士の好ましい人間関係を築くとともに、生徒がわかる・できる授業づくりを積み上げていくことが不可欠です。
そして授業中の発言がたとえ間違えたものだったとしても、しっかり位置づけ「君の考えによって私たちの学習が一歩前進した」「そんなことまで考えついたなんてすごい」というように、発言した生徒自身が教師や生徒から認められ評価されるというような「自己有用感」を高めていくことが大切だと言われています。

そこで教師は、児童生徒が「自己有用感」を高められるような学級・学習集団づくりを行うことが「授業力」の基礎となります。

この「授業力」を構成するものとして、東京都では
  1. 使命感 熱意、感性
  2. 児童・生徒理解
  3. 統率力
  4. 指導技術(授業展開)
  5. 教材解釈、教材開発
  6. 「指導と評価の計画」の作成・改善
の6つの要素を挙げています。

「授業力」には、その人が持って生まれた資質もあると思います。
例えば容姿端麗であれば生徒からの好感度は高いでしょうし、声が大きく滑舌がよければ指示も通りやすいでしょう。明朗快活な性格ならばポジティブな人間関係を構築しやすいと思います。

ならばそういう人にしか高い「授業力」を求めることはできないのでしょうか。
逆に、資質があるからといって、授業がうまくいくとは限りません。

昔々『キン肉マン』というマンガがありました。(今も続いていますけど……)
キン肉マン1210© ゆでたまご/集英社
その中の「夢の超人タッグ編」に登場したのが、モンゴルマン(ラーメンマン)とバッファローマンのタッグ「2000万パワーズ」です。
ここでいう「パワー」とは超人強度のと言って持って生まれた力を示す単位です。『ドラゴンボール』に登場するスカウターで表示される戦闘力のようなものですね。

「2000万パワーズ」と言っても1000万パワーのバッファローマンと100万パワーしかないモンゴルマンでは、合わせても2000万には遠く及びません。
しかしモンゴルマンは「パワー不足を補ってあまりある1000万の技がある」と言い、1000万のパワーと1000万の技を合わせて2000万パワーになるのだ、と大見得を切っています。

ed410436-caac-4ac7-adb2-f309446e3918©ゆでたまご/集英社
「授業力」もこれと同じです。

若いみなさんにはバッファローマンの1000万パワーくらいはあると思います。
しかしその多くは「若さ」という力です。

この力は生徒との距離を縮めることができる力です。
生徒に気軽に話しかけ、生徒も先生の話をよく聞いてくれるます。
また既成概念にとらわれず新しいことにチャレンジするということも可能にします。
ドラマやノベルに登場する若い先生の立ち位置ですね。

しかし「若さ」は失われていく力です。
失ってしまうまでに「若さ」に代わる力は何かを考え、見つけて欲しいと思います。

そしてそれ以上に「若さ」を補って余りある、授業での1000万の「技」を身につけて欲しいと思います。

そのために「授業力トレーニングテキスト」などのセルフチェックが大切だと思います。

自分の日常の授業をしっかり振り返り、みなさんにとってのカメハメ殺法の基礎としてください。


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生徒任せにしない

「一ヶ月で全員にリーダーをさせるというのは無理なのではないか」という質問を受けましたのでお答えします。

例えば日直当番などはその日の学級のリーダーと言えます。給食の挨拶をする生徒もその時のリーダーです。提出ノートを集める生徒もリーダーです。
リーダーとは「使命感を持ち、全員を動かす権限が与えられた者」です。

例えば教室がうるさい時、日直の生徒が「静かにしてください」と呼びかけたとします。
声が小さければ「もう少し聞こえる声でいいなさい」とアドバイスしてやる必要があります。
それでも聞かなかったとすると「リーダーには従うこと」を全員に教えてあげなくてはいけません。

権限を与えたのは生徒たちですが、その権限を最終的に保障することができるのは教師しかいないからです。
「係が『静かにしろ』と言っても言うことを聞かない」のは、最終的に教師の指導不足の結果で、責めを負うべきは教師であると思います。
もしこれを係生徒の責任にすれば、誰も係をやりたがらなくなりますよ。

提出ノートを集める係も、ただ集めるだけならばリーダーではなく、単にお手伝い係です。
提出しない生徒に呼びかけたり、目標を決めてそれを達成しようとしたりしたときに、初めてリーダーとしての自覚が生まれます。
教師はそれをきちんと指導しなくてはいけないのです。

そしてそのためには、最初はきめ細やかな指導が必要です。
そしてその指導が最も有効に作用するのが一年生の最初なのだと思います。

更にルーム長級や班長級のリーダーには、これらの学級の係や当番の活動に対して、計画を立てたり、指示をしたり、評価する権限を与えていきます。
更に練度が増すと班を決めたり、清掃分担などを割り振ったりする権限も与えていきます。修学旅行などのバスの座席を決めることもそうですね。

いわゆる教師の権限の委譲です。

ここで大切にしたいのは活動を生徒任せにしないことです。
班長やルーム長を決めた後に「あとは自分で考えてやれ」と言われても、これはハイレベルな要求です。鍛えられた3年生でどうにかいける程度でしょう。

使命感が育っていないリーダーがいた場合は間違いなく失敗します。
それ以上に、生徒にとって、持ち上げられた後に見放されたような気分だまされたような気分になるかも知れません。
とどめに班や学級で問題がおきたとき、リーダーの責任とかを追及すればもう、その生徒は二度とリーダー的な役割は引き受けなくなります。
決めた後に教師がやり直しを命じても同じで「そんなら最初から先生がやればいいじゃん」となります。

ですから最初は、教師がリーダーの中に入り、教師主導でやりましょう。
リーダーがいわゆる傀儡となってもかまわないと思います。

教師がリーダー生徒にぴったりくっついて、やり方を指導するのです。
山本五十六ではありませんが
  • やって見せ、言って聞かせて、させて見せ、誉めてやらねば、人は動かじ
です。

最初は時間も手間もかかりますが、リーダーへの指導をリーダー以外の生徒も見ています。

教師が明るくてきぱきと指導してくれて 成果が上がれば、リーダーは楽しくなってきます。
そしてやってるうちに、これなら自分もできるなあと感じれば 自信もついてきますし、教師に評価されればうれしいくなるでしょう。
更に相互評価の時間や場面を意図的に設定して同級生から評価されたら、もっと自信がつきますしうれしくなります。いわゆる「振り返り」の活用ですね。

ただし、教師が主導する以上、失敗することは許されません。
そのつもりで気合いを入れていきましょう。

うまく軌道に乗ってきたら、だんだん手を離していくのです。

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