十種神宝 学校の基礎・基本

公立の義務教育の学校に永きにわたりお勤めだった稗田先生の、若い先生方への昔語りです。学習指導要領や、それに伴って変わってきた先生たちの意識や授業のことなど、教育現場に起こってきた今や昔のことどもを書き記していきます。

 義務教育の現場に長くお勤めだった稗田先生からお聞きしたことどもを、拙いながらもまとめてみました。
 不易流行という言葉があります。この、教育の"流行"の中から、自分だけの"不易"を見つけていただければ、これに過ぎる慶びはありません。
                                   十種神宝 主人 太安万侶

 このブログで紹介した教材の学習プリントを作成しています。興味のある方はご覧下さい。https://kandakara.booth.pm/

いじめ

中学3年の国語に森鴎外の「高瀬舟」という作品が載っています。
images (6)© 日本文学シネマ制作委員会
  • 弟殺しで遠島の刑を受けた罪人・喜助を船で護送する役目を担った同心・羽田庄兵衛は、喜助の様子の常の罪人らしからぬ明るい様子を不思議に思いました。興味を持って話しかけた庄兵衛に喜助が物語ったその話の内容に、庄兵衛は納得すると共に感心の念さえ覚えてしまいます。さらにその犯した罪について話した喜助の身の上は、庄兵衛の心に捉えどころのない、そしてやり場のない思いと疑問を生じさせるものだった、
という話です。

喜助が犯した罪とは、病気を苦にカミソリ自殺を図った弟からカミソリを抜くことで結果的に弟を殺してしまったというものでした。

生徒は、遠島となった喜助に
  •  弟が苦しんでいるのを楽にしようとしてやったのに……
  •  弟に『殺してくれ』と言われて見るに見かねてやったのに……
と、主人公庄兵衛と同じような感想を持ちます。

現在の法律によれば喜助は、
「同意殺人罪により有罪。情状酌量により懲役2年執行猶予1年」の判決になるそうです。

同意殺人罪(刑法202条)は殺人罪の仲間ですが、殺人罪より少し罪が軽く、6ヶ月以上7年以下の懲役又は禁錮となっています。

なぜ殺人罪になるかというと、法律では
弟が死亡したという事実から遡って、その直接原因になったのは何かを考えるからです。

つまり、病気で苦しんでいる人を楽にさせようと首を締めたことにより窒息死したとすれば、
その病気が不治の病であろうと、放っておいても数時間後に死ぬことがわかっていようと、
死因が窒息死である限り、死の結果は首を締めた人がすべてを負わなくてはなりません。

ではそれをそそのかした者はどうなるのでしょう。

殺人の依頼者の場合、
「他人に犯罪を決意させて実行させる」教唆犯(刑法61条)となります。
ダウンロード (6)© さいとうプロ
例えばゴルゴ13に殺人を依頼し、ゴルゴ13が依頼を成功させれば、
依頼者は『殺人罪の教唆犯』になります。

更にヤクザの親分が部下の若い衆に殺人を命令するような場合は
「教唆犯の範囲を超えて、実行犯と同一視できる」とされ、
親分は『共謀共同正犯』(刑法60条)とすることもあります。

これは殺人者と同じ扱いです。

生徒間のいじめも同じことだとおもいます。
まず「いじめ」の事実から順番に遡って、事実を明らかにしていきましょう。

直接手を下した者は
  • 保護者を呼んで状況を説明する
  • 反省文を書かせる
  • ペナルティを科す
等、それぞれの学校の決まりに従い処分すべきです。

そして、いじめをそそのかした者、はやしたてた者も、
すべて共謀共同正犯として直接手を下した者と同様の罪に問われなければならないと思います。

「自分は手を下してはいない」「見ていただけだ」と言っても、
現在の法律では同じように裁かれる、ということを生徒に知らしめなくてはいけません。

そしてこれは、スクールカーストの上位者を裁く手段となります。

未成年の犯罪の場合、
10歳以下では責任能力がないと判断されますが、14歳以上ではあるとされるのが一般的です。
判例では、小学校卒業前後の12歳に境界線がひかれているようです。
中学生ですから、
  • 世の中は君たちに責任能力があると判断している
ことを知らせる必要があるでしょう。

そして未成年者ですから、第一義的には親に監督義務があります。
ですから
  • 学校としては、親に子のしたことを報告しなくてはならない
このことも生徒にしっかり理解させておくと良いと思います。

「いじめ」の事案が起こったら、しっかり状況をつかみ、
法の名の下に正義を示しましょう。

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 仮面ライダーは、ショッカーに改造され強い力を得ました。

 そして、仮面ライダーが戦う相手は、
 自分と同じようにショッカーに改造された怪人です。

 仮面ライダーは、いってみれば元同僚を倒すための存在……「同族殺し」なのです。

 もう二度と元に戻れない改造人間としての悲しみ
 自分と同じ境遇の者を殺さなければいけない悲しみ

 この悲しみ故に、ライダーたちの仮面には涙のあと(涙のライン)がある、と言われています。

880ff7f4©石森プロ/東映
 私たちも、いじめをする生徒と同じです。
 自分の居場所を求める者の「業」を背負っているのです。

 しかし他人の自由を奪おうとする者に対しては、
 涙を流しながらもライダーキックをお見舞いしなくてはいけません。

 それが「人間の自由のために戦う」仮面ライダーとしての教師の役割です。

 私たちがすべきことは、
 まず、クラスのモラルを回復することです。

 「いじめは恥ずべき行為である」ことをクラス全体に知らしめることが必要です。

 その結果「いじめをした者はクラス内での地位が下がる」という結果を私たちは知っています。
 スクールカーストを上げるためにいじめをした者にとって、死ぬほどつらい結末が待っているのです。
 しかし許すことはできません

 具体的には以下の内容を告げます。
 これは、生徒指導マニュアル等で年度当初申し合わせのある事項だと思います。
  • いじめは許される行為ではない。いじめた側の生徒は、具体的事実を保護者に通告し、生徒指導の対象となる。これは学校体制としての決定事項である。クラスの他の人たちがそれをまったく気づかないとは思えない。クラスの他の人たちはそんなあなたを見てどう思うか。
 この通告は、
  • あなたのカーストは決定的に下降し、場合によってはあなたがいじめの対象となる場合もある
ということの宣言です。

 言い方はいろいろあると思います。ケースバイケースですね。
 露骨に「脅し」にならないように注意しましょう。

 しかし、これを脅しで終わらせてはいけません

 実際に、年度当初の申し合わせのとおりに処理(処分)します。

 ……必ず実行しましょう。そうしないと生徒になめられ、逆効果になります。

 これは、教師がスクールカーストの外にいるからこそできることです。

 前回のAさんの例では、
 Aさんと、その取り巻き連中を切り離すという方法も考えられます。
  • (Aさんには)そんなこと触れ回っていたら、それを見ていた他の人はどう思うかな。
  • (取り巻きには)そんなことを聞いて否定しなかったら、それを見ていた他の人はどう思うかな。
 結局、彼らが恐れるのは、カースト内の地位が低下することです。
 地位の低下はいじめの対象となる可能性が高くなることを彼らは知っています。
 そして、一度低下した地位は、よほどのことがない限り回復はしないことも知っています。

 これを利用するという方法もあると思います。

 他にもいろいろな方法があると思います。
 生徒指導主任や学年主任と相談しながら、対応していきましょう。

 「人間の自由を守る者」「カーストの超越者」として、「いじめ」を断罪しましょう。

 同時に
  • いじめる側の生徒たちも、自分と同じで、居場所を求めてあがいている哀しい存在なのだ
という、仮面ライダーの「涙のライン」を決して忘れてはいけません。
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 前回は、教師がスクールカーストに取り込まれることの危険についてお話ししました。

 しかし、それ以上に気をつけなくてはならないことは、スクールカーストはいじめの温床となるかもしれないことです。

 生徒たちは、互いのコミュニケーションの中で自分のポジションを探り合っています
 探しているのではありません。

 生徒にとって「コミュニケーション能力≒人気獲得力」であり、
 お笑い芸人のように、自分の実際の性格だけではなく、場の空気による暗黙の圧力で配分される「キャラ」を演じあっている(キャラ戦争 荻上チキ 2008)という説もあります。

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 それほどひどくなくても、
 学級内の自分の位置の確保は、生徒にとってとても大切なことに違いありません。

 そしてカースト内では、
  • いじめの加害者(被害者)になることによってカーストが上昇(下降)する
という忌まわしい側面があるのです。

 ウィキベディアには、次のように説明されています。

「特にもともと多くの生徒が内心では嫌っていた相手に対して先陣を切っていじめを始めた場合などは人気の獲得によってカーストが上昇する。
 他方、加害者側と同等以上にカーストの高い別の生徒あるいは教師などの介入によってクラスのモラルが回復した場合(いじめが恥ずべき行為であるとの意識が共有された場合)、
いじめ加害者のカーストが下降
することもある。
 中立者(いじめの直接的な加害者でも被害者でもない人)が被害者の救済を試みた場合、
成功すればヒーローとしてカーストの上昇が期待できるが、
失敗した場合はカーストの下降の危険性(さらにそれと付随して次は自分がいじめの新たな対象となる可能性)がある。」

 実際、教室では、次のようなことが言えます。
  • いじめは、上位者が下位者に対して行う。
  • 上位グループが複数存在した場合、自分のグループの優位性を保つためにいじめが発生することがある。
  • 上位グループの取り巻きの中での序列争いのためにいじめが発生することがある。
  • グループを形成する過程で、グループの構成員を増やすためにいじめを行うことがある。
 例えば、AさんがBさんを指して「あの子うざいよね」とCさんに話しかけたとします。
 話しかけることができる=コミュニケーション能力の高さの証明です。

 Cさんも「人間関係に波風をたてない」というコミュニケーション能力(?)が高いため、Aさんに同調することが多いようです。
 むしろ「そんなことないよ」「そういうこと言っちゃだめだよ」ということは稀でしょう。
 (Aさんだって、自分が否定される可能性が低い相手に話しているのですから……。)

 Bさんが優等生キャラでみんなから煙たがられていれば、Aさんが話しかけた効果は抜群でしょう。

 その結果「Bさんはうざい」という共通認識を持つグループが形成され、
 Bさんより上位のAさんグループが形成されます。

 そしてAさんグループの中の序列を高めるために、
 Bさんに対するいじめがエスカレートしてしまいます。

 この場合、ターゲットはたまたまBさんが選ばれただけで、
 Aさんが優越性を保てる相手なら誰でもよかったのです。

 従ってBさんに対するいじめが解消した場合、
 今度はグループ内のCさんあるいはAさん自身が
 Aさんグループの、次なるいじめのターゲットとして選ばれるかもしれません。

 今の中学生は、多かれ少なかれ、そういう環境の中で生活することを余儀なくされています。 
 まさに「教室は地雷原」ですね。

 グループを形成し、グループの内外の序列によって安定を得たいという気持ちは悪いことではありません。
 だいたい、今の世界の情勢だってそうなのですから。
 大人の世界って基本的にそういうものでしょう?
 
 問題は「他者を攻撃することにより、自分が優位に立とうとする」という認識です。
 (こんな国、最近聞いたことあるような気がしますね。)

 本当にこれでいいのでしょうか。
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 かつて、先生はスクールカーストの枠外に位置する超越者でした。
 だから「学級の個性は担任で決まる」とまで言われていました。

 まだそのような学級はありますが、だんだん減っているようです。
 そのうち、レッドデータに登録されるようになるかもしれません。

 その代わり、スクールカーストの最上位グループによって学級の雰囲気が決まってくることが多くなってきました。

 確かに、私たちも「リーダー性」等の名目でスクールカースト上位の者が均等になるように、クラス編成をコントロールしています。
 そしてリーダーを育て、クラスをそのリーダーたちに任せようとしています。

 それはそれで、結構なことだと思います。

 しかしその結果、スクールカースト上位グループの意見がクラスの決定になることが多いようです。
 なぜなら彼らの意見を教師も無視できないからです。

 しかしこれは同時に、これは教師の影響力が薄まっていることも意味します。

 まあ、それはそれでいいのですけれども、
  • 上位の生徒たちに強い態度を見せられない教師
というのだけは、決して演じてはいけない教師の姿です。

 私たちは、上位の生徒たちの機嫌を損ねてしまい、クラス全体に嫌われてしまうことを恐れてはいけません。

 上位の生徒たちの意向を無視してクラスの決定事項や方向性を決めることが出来なかったり、
 下位グループの生徒の意見を軽く取り扱ったりと、
 上位の生徒との関係を良好に保てないないと教師としての立場を守っていけない

 ……そのような考えを持つことは、教師失格だと思います。
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 私たちはヴィシュヌやシヴァ、ブラフマーとまでは言いませんが、
 せめて「正義の味方」ウルトラマン「自由の守護者」仮面ライダーといった、
 カーストの枠外にある存在なのです。

 どんなに上位グループの者が優秀であったとしても、

 座席決めや班決め、クラスでやることなど、

 リーダーグループに詳細を委ねることはあっても、
 決定権だけは手放してはいけないのです。
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教室は たとえていえば 地雷原

 これは、ある中学生が詠んだ川柳です。
 スクールカーストの中で生きていく中学生の心情を詠んだ歌だと思います。
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 スクールカーストとは、教室の中の階層(ヒエラルキー)を、
 ヒンドゥー教の身分制度であるカーストに例えたものです。

 アメリカなどは日本より顕著で、ハリウッドの青春映画等には、アメフト部のキャプテンやチアリーダーの女の子を頂点とした階層社会が描かれています。
 他にもアメリカ映画では、白人だったら主人公とか、金髪でプロポーションがよい子はモテるとか、黒人だったら力が強く真面目とか、中国系だったら~とか、
 人種差別が当たり前だったアメリカ社会では、日常的に「あるある」のものなのだと思います。

 日本でも似たような現象が起こっています。
 例えば『野ブタ。をプロディュース』(原作:白岩玄 テレビドラマにもなりました)
 『仮面ライダーフォーゼ』(主人公が通う天ノ川学園高校で、主人公を取り巻く登場人物がジョックやクイーンを頂点とするスクールカーストとなっています)など
 「スクールカースト物」というジャンルがライトノベルやマンガにありますからご存じの方も多いでしょう。

 かつて教室は、『ドラえもん』のジャイアンや出来杉君のような、運動能力や学業成績といった物差しで階層化されていました。
 しかし現在は、運動能力や学業成績があっても「脳筋」とか「ガリ勉」と言われ、
 ジャイアンや出来杉君は必ずしも上位階層になる条件を持っているとは言えません。
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 上の図を見ればわかるように、
 スクールカーストはコミュニケーション能力によって階層が分かれています
  • 情報を発信する(質はともかく)量と、周囲にその情報がどれだけ受けいれられるか
 発信する情報量が多ければ多いほど、またそれを受け入れる者が多ければ多いほど、
 カーストが上位にランキングされるのです。

 そして、このスクールカーストが、学級内にさまざまな問題を起こしているような気がしてなりません。
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 生徒指導で、何が良くて、何が悪いのか迷うことがあります。
 「いじめ」だったら話は簡単ですが、
 生徒同士のいざこざの場合、
 どちらが悪いのか、何が正義なのか、単純には判断できないことが多いと思います。

 そんな時は、ウルトラマンではなく、仮面ライダーになりましょう。
ダウンロード (1) - コピー©石ノ森章太郎/東映
 仮面ライダー本郷猛は改造人間である。
 彼を改造したショッカーは世界制覇を企む悪の秘密結社である。
 仮面ライダーは人間の自由のためにショッカーと戦うのだ!

 これは、「仮面ライダー」(仮面ライダー1号、2号です)のオープニングナレーションです。
 このナレーションには「正義の味方」という言葉が使われていません。
 ここにはは、プロデューサーの平山亨やそのスタッフたちの信念が込められています。

   正義という言葉だけは使いたくなかった。
 ヒトラーみたいな独裁者だって「正義」を唱える。

 人々が平和な暮らしを送るために、たくさんの「自由」があります。

 自由に物事を考え表現すること(精神の自由)や、
 正当な理由なく身体を拘束されないこと(人身の自由)、
 職業選択や住む場所などをに選ぶこと(居住・移転の自由)、
 金銭や土地などの財産を保持すること(財産権の保障)などです。

 これらは、憲法及び民法によって、他人の自由を阻害しない限り*1)保障されています。

 仮面ライダーは、この「自由」を奪う者と戦うという位置づけでした。
 そして当時のスタッフたちのこだわり*2)でもありました。

 この主張は、平成ライダーになり、一層はっきりしてきます。

 平成最初のライダーたち(クウガ・アギト・龍騎)は「乱立する小さな正義とその調停」がテーマでした*3)。

 何が正義で何が悪か、立場が違えば正義も悪に、悪も正義になる時代のライダーたちが戦う理由は、「正義」のためではありません。

 人々の「自由」のために戦う、というスタンスをはっきりと打ち出してきたのだと思います。

 私たちが学級経営上の問題……特に生徒同士のトラブルがあった場合、ウルトラマンのように単純に「正義の味方」として裁定を下すことが難しい場面があると思います。
 「いじめ」の問題だって、単純に正義と悪とには分けられないことがあるかもしれません。
 
 大切なことは、「その行為は、誰かの自由を侵害するものであったのか」という点です。

 何が正しく、何が正しくないことなのかを裁くことよりも、
 生徒一人一人の「自由」が損なわれたかどうかを見極めましょう。

 例えば「メールですぐ返事をよこさなかったのがいけない」という考えがあります。
 返事を返すか否かは受け取った側の自由ですから、
 明らかな自由権の侵害と判定し、躊躇無くライダーキックを放っても良いと思います。

 ライダーキックは比喩ですよ……本当にやったらアウトだよ。

 また、生徒が、今時のプロ市民でも言わない、青臭い「宿題をやらない自由」を主張したら、
 にっこりそれを認めると同時に
 「平等の原則に基づきやった者とやらない者とを同等に評価することはできない。そして公平・公正に評価するのは学校の義務だ。」
とはっきり言ってやりましょう。

  *1) 民法第一条
      1 私権は、公共の福祉に適合しなければならない。
      2 権利の行使及び義務の履行は、信義に従い誠実に行わなければならない。
      3 権利の濫用は、これを許さない。
  *2) スタッフのこだわり
 平山は「労働者の味方として作った」とも言っているそうです。そういえば悪の秘密組織はいかにも会社組織になっていますね。中間管理職もいるし……。ブラックな職場に仮面ライダーやってこないかなぁ。
  *3) 平成ライダー三部作
 「仮面ライダークウガ」はものの考え方も言語も異なる意思疎通ができない相手と、「アギト」は人類の創造主と、「龍騎」至っては仮面ライダー同士が戦いました。
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もし、保護者からいじめの相談があったら…
  • 普段の子どもの様子を熟知しているならば、いつもと違う子どもの状況を敏感に感じ取ることができる
 そうは言っても、なかなかそううまくはいかないものです。
 また「ちょっと変だな」と思っても、
 そうこうしているうちに家庭から「お話ししたいことが…」と連絡が来ることがあります。
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 そんなとき、どうしたらいいでしょう。

 以下にその対応例(大森俊彦「保護者とのかかわり」(『児童心理 いじめの予防と早期解決』H18 金子書房))を述べます。
 実際はケースバイケースですから、学年主任や生徒指導主事の先生を中心にして、しっかり腹を据えてかかりましょう。

1  傾聴し、信頼関係の構築を図る。
  • 「いじめは絶対に許さない」「子どもを必ず守る」「いじめを一緒に乗り越える」という固い決意をもって親と接する。
  • 親が、担任や学校への批判や責任を追及してきても、弁解や反論は絶対しないで、話を十分に聞く(つらいところですね。)そして、話の要点を「お母さんがおっしゃりたかったことは~ですね」と確認する。(すると、批判や追及がそれていくことがおおいようです。)
  • その後、内容を文書にまとめ、校長・教頭・生徒指導主事に提出する。
  • 話をする場合は、一人ではなく学年主任や生徒指導主事、教頭に同席してもらう。
  • いじめがあったことに気づかず、不適切な対応があった場合には、素直に認めお詫びをする。時には担任を責め、エスカレートしてくる場合があるので、必ず責任を持って解決することを伝え、行動を起こす。
2 迅速な対応と正確な事実確認を行う。
  • 一回目の面談後は、すぐ校長・教頭に報告し、指導助言を求め、協力体制をとってもらう。
  • 翌日には、本人の安全確保と人権を守る措置をすぐにとり、加害者と被害者、周辺の子どもから正確な情報収集を行う。
  • その後、関係者を立ち会わせた実況検分を行い、十分なすりあわせをして時系列的に記録しておく。
  • この段階では、親と子どもに対して、絶対に決めつけや説教、注意をしないで、あくまでも冷静に客観的に対応する。
  • 次回の面談前に、学級内の人間関係と新たないじめの有無、担任の学級経営のあり方についてもう一度振り返り、課題と成果について自己評価し、校長・教頭に報告する。
  • 二回目の面談では、親に日記や破損した衣類、診断書、写真等の証拠品などがあれば持ってきてもらい、裏付けと補強をする。
  • 親には、担任から、調査の内容と進捗状況、生徒指導会議で協議された対応策を説明する。
  いじめ発覚後、どのような経過をたどって「一件落着」となるのでしょうか。まず、その案件に対する対応の流れを考えてみましょう。

もし、いじめが発覚したら…

1 事実の確認

 まず、事実を確認します。
 被害者、加害者双方の意見を聞き、感情を交えずに、起こったこと行われたことを5W1Hに注意して明らかにしていきます。

 この時の教師の公正かつ冷静な、また受容的な態度が、子ども達の信頼を得ることにつながります。

 特に大切なことは、被害者がどのような痛手をこうむっているのかを聞き出すことです。
 苦しい胸の内を吐露することで、被害者の精神的な安定が得られます。

 加害者は自分が不利になることを避けるため、事実の隠蔽等を図ります
 加害者が複数いるときは、同時に別々の場所で聞き取りを行い、その後事実を照合していくといく必要があります。
 そのためには学年内の協力が必要です。

 最終的には、子どもが自らを振り返り変革していける指導、心から反省し謝罪できる指導を目指すわけです。

 そこで、事実についての判断を、当事者である子ども自身に行わせることも大切でしょう。

2 被害を受けた児童生徒の意志を生かし、指導法を探る。

 どういう方針や方法で相手を反省させ再発を防止できるのか、指導のあり方について検討します。

 教師の価値観で「こうすればいいはず」と決めつけるのではなく、
 「自分は教師にこうしてほしい」という被害者の意志を引き出し、指導にあたることが大切です。

 被害者やその保護者が、学級での解決や事実の公表を望んだら、
 教師は児童生徒を明らかにし解決をめざすべきです。

 しかし、その同意がないのにいじめの事実等を公表するのは時期尚早です。
 功を焦って被害者やその保護者との関係をこじらせてはいけません。

3 被害者をこれ以上傷つけずに、加害者にその行為を反省させる。

 加害者を指導したせいで、かえっていじめが潜行してしまい、被害が深刻となる場合があります。
 加害者に被害者の苦痛をわからせることが指導のポイントです。

 ロールプレイの手法を用いた指導が効果的と言われています。

4 事後の助言を行う。

 対人関係能力が獲得できていないことから被害者・加害者になってしまうことが多いものです。
 そこで、いじめの指導が完結したところで、対人関係の結び方について助言しましょう。

参考文献
・猿田恵一「いじめを許さない・作らない教師」(『児童心理 いじめの予想と早期解決』H18 金子書房)
・酒井 徹「いじめ解決のための具体的な関わり」(同上)

保護者への対応はどうする? 

1 いじめ被害者の親への対応                           

【ポイント】
 育ち直し・リセットを行い、子どもと親からの信頼を取り戻す
  • 子どもと親の心の状態と性格(カッとなる、冷静、思いつめる、体制の有無、被害者意識等)をよく知った上で対応する。
  • してほしいことやしてほしくないこと(嫌なこと)など、親子の要求や条件を詳しく聞くと共に、被害者にどんな権利があるかを教師が箇条書きにまとめ訴える権利や賠償請求権を行使するためには正式文書と証拠物件を用意するとよいとのアドバイスをする。(事を荒立てない、というのは学校の都合です。被害者が加害者を法的に訴えても、学校は痛くもかゆくもありません。)
  • 放課後や土日に、現場で加害者と被害者の両方の当事者と教師とが立ち会い、ロールプレイのようにして、実際にいじめを行った通りに再現する。また、加害者と被害者の立場を交代して行う。(指導的観点もある。)
  • 心のケアとして、不登校や自殺、人間不信、報復障害等の二次被害を防止する手だてを第一に考える。
2 いじめ加害者の親への対応                           

【ポイント】
 証拠をもとに事実確認をし、今までの担任の関わりかた経過をきちんと説明し、納得してもらう
  • 親子できちんと基本的人権と生命尊重について話し合った後、親が子どもに対し、加害者が償う責任(自分の過ちを心から謝る、当然のペナルティーを受ける)を果たさなければならないことを話すようアドバイスする。
  • 親には、自分の子どもを指導監督する義務があり、その義務を怠ったからいじめたをしたので、親として相手に謝罪をし、損害賠償等の請求には誠意をもって応ずるように話す。
  • いじめはどの段階なのか(いたずら→悪ふざけ→嫌がらせ→いじめ)といじめの形態を親子、教師で確認する。(そうすることで、加害児童生徒に対するケアと指導が容易になる。)
  • 安易な仲直りや喧嘩両成敗的な処理をすることで、子どもの心にしこりや不満を残したままで放置しない。心と形で償いを親子でするように、きつく学校が指導する。
  • 学校は、管理下で起こったいじめについては、理由は何であれ安全保持、指導監督、学習保障の義務に関しては全面的に責任を負わなければならないことを親に説明する。また、暴行傷害や恐喝、生命の危険等、あまりにも度を超したいじめについては、懲戒や専門機関と相談した上での措置を執ることを説明する。
参考文献 大森俊彦「保護者とのかかわり」(『児童心理 いじめの予想と早期解決』H18 金子書房)
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  いじめ防止対策推進法の定義では、いじめの要件を
  • 行為の対象となった児童生徒が心身の苦痛を感じていること
としています。次の事例を考え見ましょう。
  •  AさんがBさんを殴り、Bさんは先生に「Aさんに叩かれた」と訴えてきた。AさんがBさんを殴ったのは後にも先にもこの1回だけであった
 これは法の定義に照らせばいじめです。
 例えばAさん(またはAさんの保護者)が「そんなのはいじめじゃない。何かあって一度殴っただけじゃないか」と主張しても、アウトであることに違いがありません。
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 この事例では暴力を振るったため非常に明確に理由付けができますが、
 これが「悪口を言われた」「物を隠された」等になると、更に指導がすごくやりづらい状況となります。
 「わざとじゃない」と主張されたり、物隠しの場合は犯人すらわかりません。(実は家に忘れていただけ、ということもあります。)

 「本人が苦痛を感じたら即いじめと判断するのはどうか」等の意見もあります。

 しかし、これに対しては、
  • いじめには多様な態様があることに鑑み、本法の対象となるいじめに該当するか否かを判断するに当たり、「心身の苦痛を感じているもの」との要件が限定して解釈されることのないよう努めること
という衆参両院の文教委員会の附帯決議が載せられています。
 つまり、本人の主観による決めつけや思い込み、あるいは「わざと『いじめられた』と主張し相手を陥れる」冤罪の主張が通らないように、しっかりと「客観的な状況はどうなのか」等の事実確認を行うことの重要性も謳われています。

 社会通念としてのいじめの定義を拡げて「どんないじめも見過ごさないようにしよう」というのがこの法の趣旨なのです。

 「やんちゃな子が、少しくらいおいたをしたっていいじゃないか。そんな中で子供は育っているのだ」という意見もあります。
 それに対して「いかなる乱暴な言動も、人を傷つけるものであり、絶対に許されない行為だ」というのがこの法の精神なのでしょう。私たちは教育公務員として、遵法精神に則り、いじめを早期に発見し、「教育」しなくてはいけないのです。(ちょっと怖い言葉の使い方解釈ですね…。)

 しかし、ここまで考えてみると、これは「いじめ」の問題にとどまらず「生徒指導」の問題だという気がします。

 学校経営等で「安心・安全」と慣用句のように二つ並べて述べることが多いようですが、「安心」していたのでは「安全」は確保できません
 3年の国語で学習する『挨拶』のように、「安心」して生活していると「安全」は脅かされる、という厳しい現実を生徒にもしっかり教えていかなくてはいけないと思います。
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 2学期が始まり、10月の声を聞くようになると、人の持ち物を隠すとか不要物の持ち込みとか、生徒指導事案が増えてくることが多いようです。
 文化祭を控え、また部活では新人戦を控え、生徒たちの心理状態や人間関係にも大きな変化あるというのも原因の一つでしょうか。
  
 この中で、特に心配されるのは「いじめ」です。
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 いじめが発生しやすい時期は、5~6月と10月~12月の、二つのピークがあります。(ストップいじめ!ナビ
   ピークを迎える前に、なんとしても「いじめ」を防止しなくてはいけません。
  
 2013年に「いじめ防止対策推進法」が施行されました。
 今から5年以上も前の話です。

 これに先立ち1996年に当事の文部大臣から、
  • 深刻ないじめは、どの学校にも、どのクラスにも、どの子どもにも起こりうる
という緊急アピールがありました。
  • いじめの問題は教師の児童生徒観や指導のあり方が問われる問題
  • いじめられている子どもを守り通すことを言葉と態度で示し、毅然として対応してほしい
と述べられています。今から10年以上前の話です。
  
 これ以降、教育委員会や学校は「いじめ」に対してとても敏感になり、定期的にアンケート調査等を実施するようになりました。
 それをやるからいじめの認知件数が増えているのだ、という意見もあります。
 しかし、実際増えているかどうかは別にして、
 はっきり「いじめがある」「自分のところも例外ではない」と私たちが意識することは悪いことではありません。

 残念なことは、「いじめがある(増えている)」「いじめのせいで重大事案が起こった」ということはマスコミ等で報道されるのですが、「いじめを解決した」「いじめを防止した」ということが報道されることがまずないことです。

 これは、いじめがないことは「あたりまえ」で「ニュース性がない」という理由だと思います。

 しかし、人類の歴史で「いじめがなかった」と言い切れる時代は神話や伝説の中でしかありません。
 いじめがない、という状況は神話・伝説級のことなのです。

 現在、学校に限らず「パワハラ」「セクハラ」等の名前で横行しています。
 「いじめ」がない社会というのは、3年の国語『故郷』で扱う「新しい生活」です。
 そこに至る道すら、あるかないかすらわからない「希望」に過ぎないのです。

 いじめが蔓延する現代社会の中で、
 学級担任でなくても「自分が教えているクラスからいじめがあった」と聞いたとき、
 それを「ダメ」「困った」「自分の指導に不十分なことこがあった」という否定的な捉え方をしていたのでは、心が折れてしまいます。

 そうならないためにも、学年会等で「いじめを解決した」「いじめを防止した(こちらの方が解決するより論証が難しいことですね)」という事例をお聞きしていくことをおすすめします。

 それ以前に、小さいことでもどんどん職員の中で話題にし、学年主任や生徒指導主事にあげて、自分一人で抱え込まないようにしましょう。

 それが自分の心を守る方法でもあります。
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