「盆土産」の指導事項は
  • ア 抽象的な概念を表す語句や心情を表す語句などに注意して読むこと
  • イ 文章全体と部分との関係、例示や描写の効果登場人物の言動の意味などを考え、内容の理解に役立てること。
  • ウ 文章の構成や展開、表現の仕方について、根拠を明確にして自分の考えをまとめること。
です。
 指導事項アとイを中心に、登場人物に関する「内容の理解」を深め、授業では「根拠を明確にして自分の考えをまとめ」させ、発表させることでそれを確かめる授業となります。

 これをやるのにだいたい2時間はかかります。
 すべてきちんと取り扱おうとすると、確実に3時間以上になってしまって、指導時数を確実にオーバーします。
 この後、主題についての授業は是非やりたいところですので、生徒の様子を見ながら扱う場面を取捨選択して進めます。

 生徒は『盆土産』の作品研究の演習をするわけではありません。あくまで指導事項さえきちんと押さえてさえいれば、授業としてはそれで十分なのです。
 効率的・効果的に授業を進めることをかんがえましょう。


主人公
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 小学校3年生。8~9歳。分校に通っています。
 おそらく、物心ついた頃、母親をなくしました。

 川えびしか見たことがなく、伊勢エビやブラックタイガー等の知識がないため、父親が「海ではもっと大きなやつ(えび)も捕れる。長えひげのあるやつも捕れる」と言っても、冗談だと思っています。
 この時代の東北地方の寒村の小学3年生です。から、『ちびまる子ちゃん』のまるちゃんより知識量が少なくても仕方がありませんね。

 現在父親は東京に働きに出ていってしまって、さみしい思いをしています。

 ですから突然父親が帰省すると知ると、父親に振る舞うそばのダシをとるために雑魚をとり、夕食で父親がそれを焼いてどんどん食べてしまうと「はらはらして」「だしがなくならえ」と心配するくらい父親のことを思っています。

 父親のもたらした「盆土産」である「えびフライ」を中心に、久しぶりの家族揃って楽しい団らんを囲みます。
 小学3年生の主人公に、「えびフライ」と「父親」と「家族の団らん」という三つの語彙が強烈な関連をもってすり込まれるのです。

 迎え盆の朝、突然父親が東京へ戻ることを告げられ、昨晩の父親の雑魚の食べ方が「尋常ではない」理由を悟ります。

 夕方、「終バス」に乗る父親を「独りで停留所まで送って」いきます。帰りは当然暗くなりますから、父親は見送りはしなくてよいと言ったでしょう。しかし主人公はどうしても送っていきたかったのかもしれません。(他の研究によると、主人公が住んでいる集落と停留所までは相当の距離があるようです。)

 「村外れのつり橋」を渡った時、突然父親が「とって付けたように」「こんだ正月に帰るすけ、もっとゆっくり。」と語りかけます。
 父親が息子の悲しみを理解し申し訳なく思っていることを言外に悟った主人公は、「不意にしゃくりあげそう」になります。
 主人公の中で
  • 父親の愛情=えびフライ
という図式が成立していたため、
  • 父親が帰ってくる=楽しい家族の団らん=えびフライ
  • えびフライ=暑いのでドライアイスが必要=冬ならばドライアイスは不必要
という連想が浮かんだのでしょうか、「とっさに」「冬だら、ドライアイスもいらねえべな。」と言ってしまいます。

 つり橋を渡って、更に2人には沈黙が続きます。
 父親に似て口下手のようですが、小学3年という年齢を考えるとこの程度なのかもしれません。

 特に父親に頭をわしづかみにして揺さぶられるような、父親とのふれあいを楽しみにしています。
 別れ際、父親に「んだら、ちゃんと留守番してれな」と言われ、とっさに「えんびフライ」と言ってしまいます。

 本人は「んだら、さいなら、と言うつもり」だったと述懐していますが、本当でしょうか。

 ひょっとしたら、父親との別れに際し「早く帰ってきてまた楽しい家族の団らんを囲みたい」「東京には行かないで欲しい」と言いたかったのだと思います。
 この気持ちが集約された語彙が「えびフライ」ではなく「えんびフライ」だったと思います。

 この日の夕方、墓参りの中で祖母の言葉に「そのときは確かに、えびフライではなくえんびフライという言葉を漏らしたのだ」と言っています。
 主人公にとって、父親の愛情や家族の団らんを象徴する語彙は、よそ行きのハイカラな「えびフライ」ではなく「えんびフライ」なのでしょう。

 まさに方言の力ですね。



 中学生。本校の中学校に通っています。
 弟に対して「お姉さん」らしく振る舞おうとしています。
 えびフライというのは「どんなものか」と答えられない質問を弟にされると、答えをはぐらかし「自分の鼻の頭でも眺めるような目つき」をして視線をそらすという、年相応のごまかし方を身につけています。
 また「えびは、しっぽを残すのせ」と言われても、食べてしまったことを正当化するために「歯があれば、しっぽもうめえや」と言うような、少し負けず嫌いなところもあります。
 これらは、弟の手前ということもあるかもしれません。いずれにせよ、姉らしく振る舞おうとしていることがわかります。

父親
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 「まだ田畑を作っている頃」とありますから、現在田畑は作っていません
 
 田畑を手放した理由はわかりませんが、妻(母親)をなくしたことによる労働力不足が理由だったのでしょうか。
 戦後の農地改革*1)の影響がなかったとは言い切れませんが、農地を取り上げられた地主階級ではありませんでした。この一家のお墓は共同墓地にあり「持ち土の上に、ただ丸い石を載せただけの」ものだからです。
 おそらく昭和30代後半のことです。

 その後、仕事を求めて単身上京します。
 当時東京オリンピック開催に向けての、高速道路や新幹線の建設等、インフラ工事が盛んでした。
 東京が大きく変化する時代で、工事現場の仕事が山ほどあった時代でした。

 父親は「今年の盆には帰れぬだろう」と言っていたにもかかわらず、なぜ今年の盆に帰ってきたのでしょう。

 えびフライを子どもに食べさせるため、と考えるのは無理があります。
 仏教では「一周忌」「三回忌」「七回忌」「十三回忌」「十七回忌」と、三と七の年度のお盆に法要を営みます。

 主人公の年齢から考えて、この年は妻の「七回忌」(6年目)にあたる年だったのではないでしょうか。

 「法要を営むことはできなくても、せめて墓参りがしたい」という気持ちで、急遽帰省を決めたのではないかと思います。

 とても家族想いのよい父親です。(ご存命ならば、おそらく90歳以上100歳に手が届く歳になるでしょうか。)

 そして、子どもたちがさみしい思いをしていることを十分理解しています。

 ですから、せっかく帰るのだからと、子どもたちの喜ぶ顔が見たくて、当時珍しかった冷凍のえびフライを上野アメ横で購入しました。その時、持ち帰るにはドライアイスが、そして「油とソース」が食べるまでに必要だと教わったのでしょうか。ドライアイスと共に寝台特急に乗り込みます。
 (アメ横で「淡い空色のハンチング」も買ったのかもしれません。けっこうおしゃれさんです。)

 8時間の道中、ドライアイスを補充した苦労も「こんなに大きなえびがいるとは知らなかった」と子どもたちは大喜びです。「満足そうに毛ずねをぴしゃぴしゃたたき」ます。

 そして、自分が帰ってしまうと、特に息子が悲しむだろうと、当日朝まで帰ることを告げません。
 しかし、息子が雑魚にこめた想いは十分にわかっていますから、帰京前日の夕食に「尋常ではない」スピードでビールのつまみにして食べてしまいます。

 とても口下手で、息子に対する言葉がけがうまくできません。
 このため、帰りの停車場まで、息子と2人で歩く道すがら、四言しか言葉を交わしていません。
  • 「こんだ正月に帰るすけ、もっとゆっくり。」
  • 「いや、そうでもなかべおん。冬は汽車のスチームがききすぎて、汗こ出るくらい暑いすけ。ドライアイスたら、夏どこでなくいるべおん。」
  • 「んだら、ちゃんと留守してれな。」
  • 「わかってらぁに。また買ってくるすけ……。」
 「村外れのつり橋を渡り終え」た時に「とってつけたように」語った「こんだ正月に帰るすけ、もっとゆっくり。」に父親の気持ちがこもっています。
 普通の文にすると、省略法が用いられていることがはっきりわかります。
  • 「今度の正月には、もっとゆっくり帰るから……。」
 この「……」の部分には、「そんなに悲しまないで欲しい」「それまで楽しみに待っていて欲しい」という言葉が入るのでしょう。これは生徒に考えさせたい部分です。

 この父親の省略された部分を感じ取った主人公は、父と別れる悲しみをこらえきれなくなって「しゃくり上げそうに」なります。

 停車場に着いて、「んだら、ちゃんと留守番してれな」と語りかけ、主人公の頭をわしづかみにして揺さぶります

 「いい子、いい子」となでなでするより少し乱暴ななで方です。「いつもより」と言っていますから、日常的にそのような接し方をして、息子に対する愛情を表現しているのでしょう。それが「いつもより少し手荒くて」とありますから、日常以上の愛情がこもっているのだと思います。

 これに対する息子の「えんびフライ」という返答に、「ちょっと驚いたように立ち止まって、『わかってらぁに、また買ってくるすけ……。』」と言います。
 残念ながら、父親は「えんびフライ」に込められた息子の気持ちを理解しきれなかったようです。

 ポイントは省略された「……。」の部分です。「ちゃんと留守番してれな。」だったら省略する必要はないと思います。それ以上の気持ちが込められているからこその省略法でしょう。
 ここは是非生徒に考えさせたい部分です。

祖母

 夫(祖父)を早くになくしています。

 主人公に、えびフライトはどのようなものか尋ねられると「……うめもんせ。」と答えています。
 このことから、息子(父親)は孫(主人公)にウケ狙いのような変なものは買ってこない、と確信しています。
 歯がありません。明瞭な発音が難しいことから、入れ歯があっても不完全なものです。(ない可能性が高いと思います。)固いものを咀嚼し嚥下する力が衰えています。
 念仏を唱えることから、この家は浄土系の宗派です。

 迎え火を焚くとき「昨夜の食卓の様子を(えびのしっぽが喉につかえたことは抜きにして)祖父と母親に報告しているのだろうか」とあります。
 「えびのしっぽが喉につかえたこと」を抜かした「昨夜の食卓の様子」とは、楽しい一家の団らんの様子に他なりません。

 どのような様子だったか、生徒に説明させてもよいと思います。

母親

 なくなったのは「まだ田畑を作っている頃」とあります。主人公の年齢から考えて9年以内のことです。主人公におぼろげな記憶があるらしいことや、父親がこの年わざわざ帰ってきたことを考えて、主人公が3歳頃のことではないでしょうか。

喜作

 小学校4年生。主人公の隣に住んでいる。
 お盆を故郷で過ごすために父親が帰京している。
 「盆土産」は「派手な色の横縞のTシャツ」「連発花火」であろう。喜作はそれを見せびらかしたくて「独りで畦道をふらついていた。」



*1) 戦後の農地改革

 特に第二次大戦後、1947(昭和22)~50年にかけて GHQ の指令によって行われた日本農業の改革をさす。 不在地主の全貸付地と、在村地主の貸付地の保有限度(都府県で平均一町歩、北海道で四町歩)を超える部分を国家が買収し、小作農に売り渡し自作農化した。当時のインフレ等もあって、ただ同然の値段で買収・売り渡されたのである。

ご存じの方教えて下さい

 主人公の父親を「東京へ出稼ぎに行っている」と授業中に説明することがよくありますが、「出稼ぎ」は一般的に農閑期に寒冷地の農山村から都市圏の建設現場等に働きに出ることを指します。(「出稼ぎに出なくてもよい世の中」を作ろうとしたのが田中角栄ですね。)

 このブログでは、確かに
戦後
高度成長期に父親は東北地方から働き口を求めて都市圏の建設現場に出ていることを紹介しましたが、喜作のところも含めて、通年働きに出ているようです。もし正社員だったら「単身赴任」と言ってもよいと思いますが、少し違うような気がします。

 もし「出稼労働者手帳」を交付されているのだったら「出稼ぎに出ている」と言ってもよいと思うのですが、どうなんでしょう。
東北地方では、盆と正月にしか帰京しない場合も「出稼ぎ」と言うのでしょうか
 ご存じの方教えてください。

この項目については、生徒用に解説したものがあります。
興味のある方は、こちらへどうぞ。


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